AI、特にディープラーニングの世界で頻繁に耳にする「事前学習(Pre-training)」。これは、AIモデルが特定のタスクを解く前に、大量のデータを使って基本的な知識やパターンをあらかじめ学んでおくプロセスです。人間で言えば、専門分野を学ぶ前に、読み書きや計算といった基礎能力を身につけるようなものです。この事前学習のおかげで、現代のAIは驚くべき性能を発揮しています。
しかし、「事前学習」という言葉は、文脈によって少し違う意味で使われることがあります。このブログでは、初心者の方にも分かりやすく、その2つの側面と重要性について解説していきます。
側面1:自己教師あり学習としての「事前学習」
一つ目の側面は、AIモデルに汎用的な「知能」を授けるための基礎トレーニングとしての事前学習です。これは特に「自己教師あり学習(Self-Supervised Learning)」という手法でよく行われます。
人間が正解ラベルを与える「教師あり学習」と違い、データ自体から自動的に問題(疑似的なラベル)を作り出し、それを解くことで学習する手法です。 例えば、大量の文章データから、一部の単語を隠し(マスクし)、その隠された単語が何かを予測させる、といったタスクがこれにあたります。
この段階の目的は、特定のタスク(例:メールがスパムかどうかを判定する)を解くことではありません。そうではなく、言語の構造、単語の意味、文法のルールといった、言語そのものの根源的な特徴をモデルに理解させることが目的です。 大量のラベルなしデータ(例えば、ウェブ上の膨大なテキスト)を使ってこの学習を行うことで、モデルは汎用的な知識を獲得します。
このアプローチで成功を収めた代表的なモデルが、自然言語処理の分野で革命を起こした「BERT」や「GPT」シリーズです。
代表的な事前学習モデル
モデル名 | 発表時期 | 主な事前学習タスク | 概要 |
---|---|---|---|
BERT | 2018年 | マスク言語モデル (MLM), 次文予測 (NSP) | 文章中の一部の単語を隠して予測させたり、2つの文が連続しているかを判断させたりすることで、文脈を深く理解する能力を獲得します。 |
GPT-2 | 2019年 | 自己回帰モデル (言語モデル) | 与えられたテキストの次に来る単語を予測し続けることで、非常に自然で流暢な文章を生成する能力を持ちます。 |
GPT-3 | 2020年 | 自己回帰モデル (言語モデル) | GPT-2のモデルサイズと学習データ量を劇的に拡大し、特定のタスクの微調整(ファインチューニング)なしでも、いくつかの例を示すだけでタスクをこなせる能力を獲得しました。 |
側面2:転移学習と「事前学習済みモデル」の利用
二つ目の側面は、側面1で作成された「事前学習済みモデル」を、特定の具体的なタスクに応用するプロセスです。この応用手法を「転移学習(Transfer Learning)」と呼びます。
転移学習のメリット
- 学習時間の短縮: ゼロからモデルを学習させる必要がないため、開発時間を大幅に短縮できます。
- 少ないデータで高精度: 大量の学習データが手元にない場合でも、事前学習で得た知識のおかげで高い精度を達成できます。
- コスト削減: 大規模な計算リソースを必要とする事前学習を自分で行う必要がないため、コストを抑えることができます。
コード例:Hugging Face Transformersライブラリの活用
現在では、Hugging Face社が提供するtransformers
ライブラリなどを使うことで、誰でも簡単に事前学習済みモデルをダウンロードし、転移学習に利用できます。
# Hugging Faceのtransformersライブラリをインポート
from transformers import pipeline
# 事前学習済みのBERTモデルを使い、感情分析タスクのパイプラインを準備
# この一行だけで、日本語の感情分析用にファインチューニングされたモデルが使える
sentiment_analyzer = pipeline("sentiment-analysis", model="cl-tohoku/bert-base-japanese-whole-word-masking")
# 分析したいテキスト
text1 = "この映画は心温まるストーリーで、とても感動した。"
text2 = "期待していたよりも内容が薄く、少しがっかりした。"
# パイプラインを使って感情を分析
results = sentiment_analyzer([text1, text2])
# 結果を表示
for text, result in zip([text1, text2], results): print(f"テキスト: '{text}'") # POSITIVE (肯定的) か NEGATIVE (否定的) かを表示 print(f" ラベル: {result['label']}, スコア: {result['score']:.4f}\n")
このコード例では、日本語のテキストで事前学習されたBERTモデルをベースに、感情分析タスク用にファインチューニングされたモデルを数行のコードで呼び出しています。このように、事前学習と転移学習の仕組みによって、高度なAI技術がより手軽に利用できるようになっています。
まとめ
「事前学習」は、現代のディープラーニングにおいて中心的な役割を担う非常に重要な技術です。
- 一つは、大量のデータからAIの「基礎学力」を養う自己教師あり学習としての事前学習。
- もう一つは、その基礎学力を持った「事前学習済みモデル」を特定の課題に応用する転移学習の出発点としての役割。
この二つの側面を理解することで、AIがどのようにして賢くなり、私たちの身の回りの様々なタスクをこなしているのか、その仕組みの一端をより深く理解することができるでしょう。