能動的サイバー防御とは? 徹底解説 ~待つだけでなく、先手を打つセキュリティ戦略~

サイバーセキュリティ

はじめに:サイバー脅威の新時代と能動的サイバー防御の登場

現代社会において、サイバー攻撃は日々巧妙化・高度化し、その脅威は増すばかりです。企業や組織だけでなく、国家の安全保障や重要インフラ、ひいては国民生活全体を脅かす深刻な問題となっています。ランサムウェアによる被害、重要情報の窃取、社会インフラの停止など、その影響は計り知れません。

例えば、2021年5月に発生した米国の大手石油パイプライン企業「Colonial Pipeline社」へのランサムウェア攻撃では、燃料供給が停止し、社会的な混乱を引き起こしました。これは、サイバー攻撃が物理的な世界に直接的な影響を与えうることを示す象徴的な事例です。また、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年~)においては、軍事行動と並行して、情報操作、インフラへの妨害、情報窃取といったサイバー攻撃が複合的に用いられる「ハイブリッド戦」の実態が明らかになりました。侵攻の1年以上前からサイバー攻撃の準備が進められていたことも指摘されており、平時からサイバー空間における防御体制を構築することの重要性が浮き彫りになっています。

こうした状況を受け、従来の「受動的な防御」、つまり攻撃を受けてから対処するという考え方だけでは不十分であるという認識が世界的に広がっています。そこで注目されているのが「能動的サイバー防御(Active Cyber Defense, ACD)」という新しいアプローチです。これは、単に攻撃を待つのではなく、より積極的に脅威に対処しようとする考え方です。

日本においても、国家安全保障戦略(2022年12月閣議決定)でその導入方針が示され、2024年から2025年にかけて関連法案の議論や提出が進められるなど、具体的な動きが加速しています。

このブログでは、注目を集める「能動的サイバー防御」について、その定義から具体的な手法、メリット・デメリット、そして日本における現状と課題まで、徹底的に解説していきます。サイバーセキュリティに関わるすべての方にとって、必見の内容です!👀

能動的サイバー防御とは何か? 🤔

能動的サイバー防御(ACD)とは、文字通り「能動的に」サイバー脅威に対抗する防御戦略を指します。従来のファイアウォールや侵入検知システム(IDS/IPS)といった受動的な対策に加え、より積極的な手段を用いて攻撃の阻止や被害の軽減を目指します。

日本の法律案(2025年1月時点)における定義では、「外部からのサイバー攻撃について、被害が発生する前の段階から、その兆候に係る情報その他の情報の収集を通じて探知し、その主体を特定するとともに、その排除のための措置を講ずること」とされています。

ポイントは、「被害が発生する前」に動き出し、「攻撃主体を特定」し、「排除措置を講じる」点にあります。従来の対策が自組織のネットワーク内での防御に主眼を置いていたのに対し、能動的サイバー防御は、より踏み込んだ対応を含む概念と言えます。

英語の「Active Cyber Defense」は、より広範な意味合いで使われることがあります。軍事用語の「アクティブディフェンス(積極防御)」に由来するとも言われ、攻撃者のコストを増大させ、防御側のコストを削減する非対称な防御戦略や、動的なデータ移動や再暗号化によるデータ保護なども含まれる場合があります。

能動的サイバー防御は、単一の技術や手法を指すのではなく、以下のような様々な活動を含む包括的なアプローチです。

  • 脅威インテリジェンスの収集・分析・活用
  • 脅威ハンティング(Threat Hunting)
  • ディセプション技術(Deception Technology)の活用
  • 攻撃インフラのテイクダウン(無力化)
  • 攻撃者への対抗措置(※法的な議論が必要)

これらの活動を通じて、攻撃の早期検知、攻撃者の特定、攻撃の阻止・妨害、そして将来の攻撃への抑止効果を目指します。

能動的サイバー防御の具体的な手法 🛠️

能動的サイバー防御を実現するための具体的な手法は多岐にわたります。ここでは主要なものをいくつか紹介します。

脅威インテリジェンスとは、サイバー攻撃に関する様々な情報(攻撃者の手口、使用されるツール、狙われる脆弱性、攻撃の目的など)を収集・分析し、対策に役立てる活動です。OSINT(Open Source Intelligence)や、セキュリティベンダー、公的機関、業界団体などが提供する情報を活用し、自組織が直面する可能性のある脅威を理解し、事前に対策を講じます。能動的サイバー防御においては、攻撃の兆候を早期に掴むための重要な基盤となります。

脅威ハンティングは、既存のセキュリティツール(アンチウイルス、IDS/IPSなど)をすり抜けて侵入した脅威を、プロアクティブ(能動的)に探し出す活動です。「侵入されているかもしれない」という仮説に基づき、ネットワークやエンドポイントのログ、トラフィックなどを詳細に分析し、攻撃者の痕跡や異常な挙動を発見します。受動的な検知システムを補完し、潜伏している脅威を早期に発見・排除するために不可欠な手法です。

例えば、特定のプロセスが通常とは異なる通信を行っていないか、管理権限を持つアカウントが不審な時間に活動していないかなどを調査します。

ディセプション(Deception)とは「欺瞞(ぎまん)、まやかし」を意味し、サイバーセキュリティにおいては、攻撃者を意図的に欺くための技術を指します。本物そっくりの偽のシステムや情報(デコイ)をネットワーク上に配置し、攻撃者をおびき寄せます。攻撃者がデコイにアクセスしたり、偽の情報に触れたりした時点で、侵入を検知し、攻撃者の手法や目的を探ることができます。

ディセプション技術の代表例としてハニーポット(Honeypot)があります。

ハニーポットとは?

ハニーポットは、攻撃者を引き付けるために意図的に設置された「おとり」のシステムやネットワークです。わざと脆弱性があるように見せかけたり、価値のある情報があるように装ったりします。

主な目的は以下の通りです。

  • 攻撃者の侵入経路や攻撃手法を分析する
  • 新しいマルウェアやゼロデイ攻撃の情報を収集する
  • 攻撃者の注意を本物の重要なシステムから逸らす
  • 早期に攻撃を検知する

ハニーポットには、相互作用のレベルによっていくつかの種類があります。

種類 特徴 メリット デメリット
低対話型 (Low-Interaction) 基本的なサービスやプロトコルをエミュレート(模倣)する。限定的な対話のみ可能。 構築・管理が比較的容易。リスクが低い。早期検知に向く。 収集できる情報が限定的。巧妙な攻撃者には見破られやすい。
高対話型 (High-Interaction) 実際のOSやアプリケーションを使用する。より複雑な対話が可能。 詳細な攻撃情報(TTPs)を収集できる。攻撃者の行動を深く分析可能。 構築・管理が複雑。侵入された場合のリスクが高い(他のシステムへの踏み台にされる可能性)。法的・倫理的な配慮が必要。
仮想型 (Virtual) 仮想環境上に構築されるハニーポット。 リソース効率が良い。容易に展開・破棄できる。 仮想環境特有の痕跡から検知される可能性がある。

ハニーポット以外にも、偽の認証情報(ハニートークン)、偽のファイル、偽のネットワーク共有などを配置する手法もディセプション技術に含まれます。これらのデコイにアクセスがあった場合、それは正規のユーザーによるものではない可能性が極めて高いため、誤検知の少ない高精度なアラートを上げることができます。

テイクダウンとは、サイバー攻撃に使用されているサーバーやネットワーク(C&Cサーバー、マルウェア配布サイト、フィッシングサイトなど)を停止させ、無力化する活動です。これは通常、法執行機関やセキュリティ機関、ISP、CERTなどが連携して行います。例えば、ランサムウェアグループ「Lockbit」のインフラが国際的な協力によりテイクダウンされた事例(2024年)は、攻撃グループに大きな打撃を与える効果的な手段であることを示しています。能動的サイバー防御の文脈では、「排除のための措置」の一部として位置づけられる可能性があります。

これは最も議論を呼ぶ手法であり、攻撃元のサーバーに侵入して攻撃を妨害したり、情報を削除したり、報復攻撃を行ったりする行為(いわゆるHack Back)を指します。

現在の日本の法律では、たとえ防御目的であっても、相手の許可なくシステムに侵入する行為は不正アクセス禁止法などに抵触する可能性が極めて高く、原則として違法です。

日本政府が検討している能動的サイバー防御においても、攻撃元のサーバーへの侵入・無害化措置は、国家の安全保障に関わる重大なサイバー攻撃に限定し、警察や自衛隊といった特定の主体が、厳格な要件と手続き(法改正を含む)のもとで行うことが想定されています。民間企業が独自に行うことはできません。

国際的にも、Hack Backの合法性や妥当性については様々な議論があり、主権侵害や意図しない被害拡大(エスカレーション)のリスクも指摘されています。

能動的サイバー防御のメリットとデメリット 👍👎

能動的サイバー防御には多くのメリットが期待される一方で、考慮すべきデメリットや課題も存在します。

メリット 👍

  • 早期検知能力の向上: 攻撃の兆候を能動的に捉え、被害発生前や初期段階で対応できる可能性が高まる。
  • 攻撃者の特定と理解促進: ディセプション技術などを通じて、攻撃者のTTPs(戦術・技術・手順)を詳細に把握し、より効果的な対策を講じられる。
  • 攻撃コストの増大: 攻撃者におとり捜査や偽情報で時間とリソースを浪費させ、攻撃の成功率を低下させる。
  • 抑止効果: 積極的な防御姿勢を示すことで、攻撃対象としての魅力を低下させ、攻撃を思いとどまらせる効果が期待できる。
  • インシデント対応の迅速化: 攻撃の初期段階で情報を得られるため、迅速かつ的確なインシデント対応が可能になる。
  • 誤検知の削減: ディセプション技術によるアラートは、正規アクセスではない可能性が高いため、誤検知が少なく、セキュリティチームの負担を軽減できる。

デメリット・課題 👎

  • 🚫 法的・倫理的な問題: 特に攻撃者への対抗措置(Hack Back)は、不正アクセス禁止法など現行法に抵触するリスクが高い。通信の秘密やプライバシーとの兼ね合いも課題。
  • 🚫 技術的な複雑さ: 高度な専門知識や技術が必要。特に高対話型ハニーポットや巧妙なデコイ環境の構築・維持は難しい。
  • 🚫 コスト: 専門人材の確保や高度なツールの導入・運用には相応のコストがかかる。
  • 🚫 エスカレーションリスク: 攻撃者への対抗措置が、さらなる報復攻撃を招き、事態を悪化させる可能性がある。
  • 🚫 誤認・誤爆のリスク: 攻撃者や攻撃元を誤認し、無関係な第三者に被害を与えてしまうリスク。特に攻撃者はしばしば第三者のシステムを踏み台にするため、特定は困難。
  • 🚫 国際関係への影響: 国家が関与する攻撃への対抗措置は、国際的な緊張を高める可能性がある。国際法との整合性も課題。
  • 🚫 検知回避: 洗練された攻撃者は、ハニーポットやデコイを検知し、回避する可能性がある。

日本における能動的サイバー防御の現状と課題 🇯🇵

日本では、2022年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」において、能動的サイバー防御の導入が明記されました。これを受け、政府は具体的な制度設計を進めています。

2025年には、能動的サイバー防御の導入に向けた関連法案(「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律案」及び関連整備法案など)が国会に提出・審議されています。これらの法案では、主に以下の点が検討されています。

  • 官民連携の強化: 政府機関と重要インフラ事業者などが連携し、サイバー攻撃に関する情報を共有する枠組みを構築する。情報共有の促進や様式の統一化などが議論されている。
  • 通信情報の利用・分析: 重大なサイバー攻撃の予兆を把握するため、限定された範囲で通信情報を取得・分析する権限を政府機関に付与する。憲法で保障される「通信の秘密」とのバランスが重要な論点となる。
  • 攻撃元サーバーへの侵入・無害化措置: 国家や国民生活に重大な被害を及ぼすサイバー攻撃のおそれがある場合に、攻撃元サーバー等に侵入し、無害化する措置を講じる権限を、警察や自衛隊に付与する(警察官職務執行法や自衛隊法の改正を視野)。緊急時の事後承認なども検討されている。

これらの措置は、あくまで国家レベルでの安全保障を目的としたものであり、その実施主体や対象、要件は厳格に定められる見込みです。民間企業が独自に同様の行為を行うことは想定されていません。

能動的サイバー防御の導入には、以下のような法的・制度的な課題が存在します。

  • 憲法との整合性: 通信情報の監視や分析は、憲法第21条が保障する「通信の秘密」との関係で慎重な検討が必要です。公共の福祉のための必要最小限度の制約として許容される範囲がどこまでかが問われます。
  • 不正アクセス禁止法等との関係: 攻撃元サーバーへの侵入・無害化措置は、現行の不正アクセス禁止法では違法となる可能性があります。そのため、正当な職務行為として違法性を阻却するための法改正が必要となります。
  • 権限濫用の防止と監督体制: 強力な権限を政府機関に付与することになるため、権限の濫用を防ぎ、適正な運用を確保するための独立した監督機関の設置や厳格な手続きが不可欠です。
  • 国際法との整合性: 国境を越えたサイバー空間での活動は、他国の主権を侵害する可能性があります。武力行使禁止原則、不干渉原則、主権原則といった国際法のルールとの整合性を図る必要があります。対抗措置や緊急避難といった違法性阻却事由の適用可能性も議論されていますが、その適用要件は厳格です。
  • 官民連携の実効性: 実効性のある情報共有のためには、企業側のインセンティブ設計や情報保護の仕組み、共有フォーマットの標準化など、具体的な運用面の整備が重要です。

現在議論されている能動的サイバー防御は、主に国家レベルでの取り組みですが、民間企業にとっても無関係ではありません。

  • 情報共有への協力: 重要インフラ事業者などは、今後、政府との情報共有の枠組みに参加することが求められる可能性があります。インシデント発生時の報告義務などが課されることも考えられます。
  • 自社のセキュリティ強化: 法制度の整備状況に関わらず、ランサムウェアや標的型攻撃のリスクは依然として高いため、企業は自社のサイバーセキュリティ対策を継続的に強化していく必要があります。
  • ディセプション技術の活用検討: 法的な制約の少ないディセプション技術(ハニーポットなど)は、民間企業でも導入を検討できる能動的な防御策の一つです。攻撃の早期検知や脅威インテリジェンス収集に役立ちます。
  • 法制度の動向注視: 今後の法改正やガイドラインの策定状況を注視し、自社の事業やセキュリティ対策への影響を把握しておくことが重要です。

日本における能動的サイバー防御は、まだ始まったばかりの取り組みであり、今後、法制度の整備や運用体制の構築が進められていくことになります。その動向を注意深く見守る必要があります。

まとめ:未来のサイバーセキュリティに向けて ✨

能動的サイバー防御は、巧妙化・深刻化するサイバー攻撃に対抗するための新しいパラダイムです。従来の受動的な防御策を補完し、脅威に対してよりプロアクティブに対処することで、被害の未然防止や軽減を目指します。

脅威インテリジェンスの活用、脅威ハンティング、ディセプション技術といった手法は、攻撃者の先を行き、防御側が有利な状況を作り出す可能性を秘めています。特にディセプション技術は、攻撃者を欺き、高精度な検知と貴重な情報収集を実現する有望なアプローチです。

一方で、特に攻撃者への対抗措置(Hack Back)を含む活動には、法的・倫理的・技術的な課題が多く存在します。日本では、国家レベルでの導入に向けて慎重な議論と法整備が進められていますが、その適用範囲や権限は厳格に限定される見込みです。

民間企業においては、自社のセキュリティ対策を継続的に強化するとともに、ディセプション技術のような導入可能な能動的防御策を検討すること、そして今後の法制度や技術動向を注視していくことが重要となるでしょう。

能動的サイバー防御は、サイバーセキュリティの未来を形作る重要な要素の一つです。官民連携と国際協調を進めながら、技術的・法的な課題を乗り越え、より安全なサイバー空間を実現していくことが期待されます。 💪🌐

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