現代ビジネスに不可欠な企業セキュリティ対策:脅威と実践すべきこと

目次

はじめに:なぜ今、セキュリティ対策が重要なのか

デジタル技術の急速な進展は、私たちのビジネス環境に革命をもたらしました。クラウドサービスの活用、リモートワークの普及、IoTデバイスの増加などにより、業務効率は飛躍的に向上しています。しかし、その一方で、サイバー攻撃のリスクもかつてないほど高まっています

企業が保有する顧客情報、技術情報、財務情報などの機密データは、攻撃者にとって魅力的な標的です。ひとたびサイバー攻撃の被害に遭えば、金銭的な損失はもちろん、事業停止、顧客信用の失墜、法的責任の追及など、計り知れないダメージを受ける可能性があります。実際に、国内外で大手企業を含む多くの組織が深刻な被害を受けており、企業規模に関わらず、セキュリティ対策はもはや「コスト」ではなく、「事業継続のための必要不可欠な投資」となっています。

本記事では、現代の企業が直面している主要なセキュリティ脅威を概観し、それらに対抗するために具体的にどのような対策を講じるべきか、基本的な対策から最新の技術動向まで、幅広く解説していきます。自社のセキュリティ体制を見直し、強化するための一助となれば幸いです。


企業を脅かすサイバー攻撃の現状:IPA「情報セキュリティ10大脅威 2024」より

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が毎年発表している「情報セキュリティ10大脅威」は、その年に注目すべきセキュリティ上の脅威をまとめたものです。「情報セキュリティ10大脅威 2024」の組織向け脅威を見ると、依然として多くの脅威が企業活動に影響を与えていることがわかります。ここでは、特に注目すべき脅威をいくつかピックアップして解説します。

1位:ランサムウェアによる被害

2023年に引き続き1位となったのがランサムウェアです。これは、企業のデータを不正に暗号化し、復号と引き換えに身代金を要求するマルウェアです。近年では、データを暗号化するだけでなく、窃取した情報を公開すると脅迫する「二重恐喝」の手口も一般的になっています。2024年には、KADOKAWAグループが大規模なランサムウェア攻撃を受け、主力サービスである「ニコニコ動画」を含む複数のサービスが長期間停止に追い込まれるなど、事業継続に深刻な影響を与える事例が発生しました。また、カシオ計算機(2024年10月)やサイゼリヤ(2024年10月)、コクヨの海外法人(2023年6月)、エーザイ(2023年6月)などもランサムウェア被害を公表しており、業種や規模を問わず標的となっています。

2位:サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃

ターゲット企業そのものではなく、セキュリティ対策が比較的手薄な取引先や関連会社、委託先企業を踏み台にして、最終的な標的企業への侵入を試みる攻撃です。自社のセキュリティが強固であっても、サプライチェーン全体での対策が不十分な場合、攻撃を受けるリスクがあります。2024年には、東京海上日動火災保険の委託先企業がランサムウェア被害に遭い、顧客情報が流出した事例がありました。

3位:内部不正による情報漏えい等の被害

従業員や元従業員、委託先の担当者など、正規のアクセス権限を持つ人物が、機密情報を不正に持ち出したり、悪用したりするケースです。悪意を持った行為だけでなく、不注意による情報漏えい(6位)も依然として多く発生しています。内部からの脅威は、外部からの攻撃とは異なる対策が必要です。2024年の個人情報保護委員会の発表によると、2023年の企業・団体による情報漏洩件数は過去最多となり、内部不正や人的ミスが大きな要因となっています。

4位:標的型攻撃による機密情報の窃取

特定の企業や組織を狙い、業務に関連するメールを装うなどして、マルウェア感染や不正アクセスを試みる攻撃です。高度な手口が用いられることが多く、発見が困難な場合があります。2023年には、国内大手自動車メーカーが標的型攻撃を受け、関係者の個人情報が多数流出する事件が発生しました。

これらの脅威以外にも、「不注意による情報漏えい等の被害」(6位)、「脆弱性対策情報の公開に伴う悪用増加」(7位)、「ビジネスメール詐欺による金銭被害」(8位)、「テレワーク等のニューノーマルな働き方を狙った攻撃」(9位)、「犯罪のビジネス化(アンダーグラウンドサービス)」(10位)などが挙げられています。 これらの脅威は相互に関連し合っており、複合的な攻撃も増加しています。企業はこれらの脅威動向を常に把握し、適切な対策を継続的に実施していく必要があります。


まず取り組むべき基本的なセキュリティ対策

高度なサイバー攻撃に対抗するためには専門的な知識やツールが必要ですが、まずは基本的な対策を確実に実施することが重要です。IPAが中小企業向けに提唱している「情報セキュリティ5か条」は、すべての企業が取り組むべき基本的な対策として参考になります。

情報セキュリティ5か条(IPA)

  1. OSやソフトウェアは常に最新の状態にしよう!
  2. ウイルス対策ソフトを導入しよう!
  3. パスワードを強化しよう!
  4. 共有設定を見直そう!
  5. 脅威や攻撃の手口を知ろう!

これらを踏まえ、企業が具体的に実施すべき基本的な対策を以下に示します。

1. 組織体制の整備

情報セキュリティ対策を推進するためには、経営層のリーダーシップのもと、責任者を明確に定め、組織的な体制を構築することが不可欠です。情報セキュリティに関するインシデント対応チーム(CSIRT: Computer Security Incident Response Team)の設置や、各部門との連携体制を確立しましょう。経営者は、セキュリティ対策をコストではなく投資と捉え、必要なリソース(予算、人材)を確保する責任があります。

2. 情報セキュリティポリシーの策定と周知

組織として情報セキュリティにどのように取り組むか、基本的な方針(ポリシー)を定め、全従業員に周知徹底する必要があります。ポリシーには、情報の取り扱いルール、パスワード管理規定、私物デバイスの利用ルール、インシデント発生時の報告手順などを具体的に盛り込みます。作成したポリシーは、定期的に見直しを行い、実効性のあるものにしていくことが重要です。

3. 従業員教育と意識向上

どれだけ優れたシステムを導入しても、従業員のセキュリティ意識が低ければ、人的ミスや内部不正によるインシデントを防ぐことは困難です。定期的なセキュリティ研修やeラーニングを実施し、最新の脅威動向、社内ルール、インシデント発生時の対応などを周知します。標的型攻撃メール訓練などを実施し、従業員が不審なメールやWebサイトを見抜く力を養うことも有効です。

4. ソフトウェアのアップデートと脆弱性管理

OSやアプリケーションソフトウェアの脆弱性を放置すると、サイバー攻撃の侵入口となります。常に最新のバージョンにアップデートし、セキュリティパッチを速やかに適用することが極めて重要です。「更新を後回しにしない」「勝手に自動更新を停止しない」といったルールを定め、IT管理者が全社の適用状況を管理する体制を整えましょう。

5. ウイルス対策ソフト(アンチウイルス)の導入と更新

マルウェア(ウイルス、ワーム、トロイの木馬など)の感染を防ぐ基本的な対策です。すべての業務用端末(PC、サーバー、スマートフォンなど)に導入し、定義ファイルを常に最新の状態に保つことが重要です。定期的なフルスキャンも実施しましょう。

6. アクセス制御と権限管理

情報資産へのアクセス権限は、業務上必要な最小限の担当者にのみ付与する「最小権限の原則」を徹底します。退職者や異動者のアカウントは速やかに削除または無効化し、定期的にアクセス権限の見直しを行いましょう。ファイルサーバーやクラウドストレージの共有設定も適切に管理し、不要な共有は避けるべきです。

7. パスワード管理の強化

推測されにくい長く複雑なパスワードを設定し、使い回しを禁止するルールを徹底します。可能であれば、パスワードマネージャーの導入も検討しましょう。さらにセキュリティを高めるためには、ID/パスワードに加えて、SMS認証や認証アプリ、生体認証などを組み合わせる多要素認証(MFA)の導入が非常に効果的です。

8. データのバックアップと復旧計画

ランサムウェア攻撃やシステム障害、自然災害などに備え、重要なデータは定期的にバックアップを取得し、復旧手順を確認しておくことが重要です。バックアップデータは、元のデータとは別の場所(オフラインや別のネットワークなど)に保管することが推奨されます(3-2-1ルールなど)。事業継続計画(BCP)の一環として、復旧目標時間(RTO)や復旧目標地点(RPO)を定め、定期的な復旧テストを実施しましょう。


より高度な技術的対策

基本的な対策に加え、より高度なサイバー攻撃に対応するためには、専門的な技術的対策の導入が不可欠です。ここでは、代表的な技術的対策について解説します。

1. ファイアウォールとUTM

ファイアウォールは、ネットワークの境界に設置され、あらかじめ定義されたルールに基づいて不正な通信を遮断する基本的な防御壁です。近年では、ファイアウォール機能に加え、アンチウイルス、不正侵入防御(IPS)、Webフィルタリング、VPNなどの複数のセキュリティ機能を一台に統合したUTM (Unified Threat Management) が広く利用されています。これにより、管理の簡素化と多層的な防御を実現できます。

2. WAF (Web Application Firewall)

Webアプリケーションの脆弱性を狙った攻撃(SQLインジェクション、クロスサイトスクリプティングなど)に特化した防御策です。ファイアウォールが主にネットワークレベルの通信を制御するのに対し、WAFはアプリケーションレベルの通信内容を検査し、不正なリクエストを検知・遮断します。WebサイトやWebサービスを公開している企業には必須の対策と言えます。

3. IDS/IPS (不正侵入検知・防御システム)

ネットワークやサーバーへの不正なアクセスや攻撃の兆候を検知するシステムです。IDS (Intrusion Detection System) は検知と通知を行い、IPS (Intrusion Prevention System) は検知に加えて通信の遮断などの防御措置も自動的に行います。ファイアウォールをすり抜けてくる攻撃の検知・防御に役立ちます。

4. EDR (Endpoint Detection and Response) / XDR (Extended Detection and Response)

従来のアンチウイルスソフト(EPP: Endpoint Protection Platform)がマルウェアの侵入を「防ぐ」ことを主眼としているのに対し、EDR侵入後の検知と対応に重点を置いたソリューションです。PCやサーバーなどのエンドポイントでの不審な挙動を監視・記録し、万が一マルウェアに侵入された場合でも、迅速に検知し、隔離や調査、復旧といった対応を支援します。

XDRは、EDRの概念をさらに拡張したものです。エンドポイントだけでなく、ネットワーク、クラウド、メールなど、複数のセキュリティレイヤーからログデータを収集・相関分析することで、より広範な脅威を検知し、統合的な対応を可能にします。EDRがエンドポイントに特化しているのに対し、XDRはシステム全体を俯瞰して脅威に対処します。

5. SIEM (Security Information and Event Management)

様々なネットワーク機器やサーバー、セキュリティ製品からログ情報を一元的に収集・管理し、相関分析することで、セキュリティインシデントの兆候をリアルタイムに検知・通知するシステムです。膨大なログの中から脅威につながるイベントを効率的に発見し、インシデント発生時の原因調査にも役立ちます。

6. ゼロトラスト・セキュリティモデル

従来の「社内ネットワークは安全、社外は危険」という境界型防御モデルの限界を踏まえ、「何も信頼しない(Trust No One, Verify Everything)」を前提とするセキュリティの考え方です。社内・社外を問わず、すべてのアクセスに対して厳格な認証と認可を行い、アクセス権限を動的に評価・制御します。クラウド活用やリモートワークが普及した現代において、重要なセキュリティアプローチとなっています。ゼロトラストは特定の製品ではなく概念であり、MFA、EDR、IAM(Identity and Access Management)、SASE(Secure Access Service Edge)など、複数の技術要素を組み合わせて実現されます。

7. 暗号化

機密性の高いデータを保護するために、通信経路(例: VPN、TLS/SSL)と保管データ(例: ファイル暗号化、ディスク暗号化)の両方を暗号化することが重要です。これにより、万が一データが盗聴されたり、不正にアクセスされたりした場合でも、内容を読み取られるリスクを低減できます。

8. セキュアな開発 (DevSecOps)

自社でソフトウェアやシステムを開発する場合、開発ライフサイクルの初期段階からセキュリティを組み込む考え方(DevSecOps)が重要です。設計段階での脅威モデリング、セキュアコーディングの実践、脆弱性診断ツールの導入、開発者へのセキュリティ教育などを実施し、脆弱性を生み出さない開発プロセスを目指します。


インシデント発生時の対応 (インシデントレスポンス)

どれだけ万全な対策を講じていても、サイバー攻撃やセキュリティインシデントの発生リスクをゼロにすることは困難です。そのため、インシデントが発生した場合に、迅速かつ適切に対応するための計画を事前に策定し、準備しておくことが極めて重要です。

1. インシデントレスポンス計画の策定

インシデント発生時の対応体制、報告手順、連絡網、役割分担、具体的な対応フローなどを明確に定めた計画書を作成します。想定されるインシデントの種類(マルウェア感染、不正アクセス、情報漏えいなど)ごとに、具体的な対応手順を記載しておくと、いざという時に慌てずに行動できます。IPAの「中小企業のためのセキュリティインシデント対応の手引き」なども参考にすると良いでしょう。

2. 初動対応:被害拡大の防止

インシデント発生を検知したら、まず被害の拡大を防ぐことが最優先です。具体的には、感染した端末のネットワークからの隔離、不正アクセスされたアカウントの停止、サービスの一次停止などの措置を迅速に行います。

3. 調査と分析:原因と影響範囲の特定

インシデントの原因(侵入経路、攻撃手法など)と影響範囲(漏えいした情報の種類・件数、被害を受けたシステムなど)を特定するための調査を行います。ログの解析やフォレンジック調査などが必要になる場合もあります。必要に応じて、外部の専門機関(セキュリティベンダーや調査会社)の支援を求めることも検討しましょう。

4. 復旧:システムと業務の回復

調査結果に基づき、システムの復旧作業を行います。バックアップからのデータリストア、OSやソフトウェアの再インストール、脆弱性の修正などが必要です。復旧後も、再発がないか監視を継続します。

5. 報告と通知:関係各所への連絡

個人情報の漏えいなどが発生した場合、改正個人情報保護法に基づき、個人情報保護委員会への報告および本人への通知が義務付けられています(不正アクセスによる漏えいは件数を問わず報告・通知義務あり)。その他、被害状況に応じて、警察、IPA、JPCERT/CC、取引先、株主など、関係各所への報告が必要となる場合があります。インシデントレスポンス計画に、報告・通知の基準や手順を明記しておきましょう。

6. 再発防止策の検討と実施


中小企業におけるセキュリティ対策のポイント

大企業と比較して、中小企業ではセキュリティ対策にかけられる予算や人材が限られている場合が多くあります。しかし、サイバー攻撃者はセキュリティ対策が手薄な中小企業を狙う傾向があり、大企業への攻撃の踏み台として利用されるケースも少なくありません。限られたリソースの中で効果的な対策を進めるためのポイントをいくつか紹介します。

1. IPAガイドラインの活用

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公開している「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」は、中小企業が取り組むべき対策を段階的に示しており、非常に参考になります。まずは、前述した「情報セキュリティ5か条」の実践から始め、ガイドラインに沿って自社の状況に合った対策を進めていくと良いでしょう。ガイドラインには、自己診断シートや各種規程のサンプルなども含まれており、具体的な取り組みに役立ちます。

2. 基本対策の徹底

高度なツールを導入する前に、まずは基本的な対策を確実に実施することが重要です。

  • OS・ソフトウェアのアップデート
  • ウイルス対策ソフトの導入・更新
  • パスワード管理の強化(複雑化、使い回し禁止、可能ならMFA導入)
  • アクセス権限の適切な管理
  • 定期的なバックアップ
  • 従業員への基本的な教育(不審メールへの注意喚起など)
これらを徹底するだけでも、多くの脅威に対する防御力を高めることができます。

3. クラウドサービスやセキュリティサービスの活用

自社でサーバーやセキュリティ機器を管理・運用するリソースがない場合、クラウドサービスやマネージドセキュリティサービス(MSS)の利用が有効な選択肢となります。例えば、UTMやEDRの運用監視を外部に委託したり、クラウドベースのセキュリティサービスを利用したりすることで、専門的な知識がなくても高度な対策を実現できる場合があります。ただし、サービス選定時には、セキュリティレベルやサポート体制などを十分に確認することが重要です。

4. 外部の専門家や支援機関への相談

自社だけで対策を進めるのが難しい場合は、地域の商工会議所や中小企業支援機関、セキュリティ専門ベンダーなどに相談することも検討しましょう。IPAやJPCERT/CCなどの公的機関も、情報提供や相談窓口を設けています。外部の知見を活用することで、より効果的かつ効率的に対策を進めることができます。

5. 経営者のリーダーシップ

繰り返しになりますが、セキュリティ対策はIT担当者任せにするのではなく、経営者がその重要性を理解し、リーダーシップを発揮することが不可欠です。対策に必要な予算を確保し、全社的な取り組みとして推進していく姿勢が求められます。


まとめ:セキュリティ対策は継続的な取り組み

企業を取り巻くサイバー脅威は、日々巧妙化・高度化しています。一度対策を講じたら終わりではなく、セキュリティ対策は継続的に見直し、改善していく必要があります。

最新の脅威動向を常に把握し、自社のリスクを評価した上で、基本的な対策の徹底から、必要に応じた技術的対策の導入、そしてインシデント発生に備えた体制整備まで、多層的かつ継続的なアプローチが求められます。

セキュリティ対策は、単なる技術的な問題ではなく、経営課題そのものです。経営層から従業員一人ひとりまで、組織全体でセキュリティ意識を高め、適切な対策を実践していくことが、企業の持続的な成長と信頼を守るための鍵となります。本記事で紹介した内容を参考に、自社のセキュリティ対策を見直し、強化するきっかけとしていただければ幸いです。

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