はじめに
現代のビジネスにおいて、データは最も重要な資産の一つです。顧客情報、取引履歴、製品データなど、企業活動の根幹をなす情報がデータベースに格納されています。そのため、データベースシステムの安定稼働は、ビジネス継続性の観点から極めて重要です。しかし、ハードウェアの故障、ソフトウェアのバグ、ネットワーク障害、あるいは自然災害など、予期せぬインシデントによってデータベースシステムが停止してしまうリスクは常に存在します。
このようなシステム停止が発生した場合、サービス提供が中断し、顧客満足度の低下、ビジネス機会の損失、さらには企業の評判失墜につながる可能性があります。こうしたリスクを最小限に抑え、システムの可用性を高めるための重要な技術がフェイルオーバーです。
フェイルオーバーとは、稼働中のプライマリ(本番)データベースシステムに障害が発生した場合に、待機系のセカンダリ(予備)システムに自動的または手動で処理を引き継ぐ仕組みのことです。これにより、システム停止時間を最小限に抑え、サービスへの影響を軽減することができます。
しかし、単にフェイルオーバーの仕組みを導入するだけでは十分ではありません。効果的なフェイルオーバーを実現するためには、ビジネス要件に基づいた適切な戦略を選択し、設計、実装、テスト、そして運用に至るまで、確立されたベストプラクティスに従うことが不可欠です。不適切な設計やテスト不足は、いざという時にフェイルオーバーが機能せず、かえって混乱を招く原因となり得ます。
本記事では、データベースのフェイルオーバーに関するベストプラクティスを包括的に解説します。フェイルオーバー戦略の選択から、計画、実装、テスト、運用、そしてクラウド環境における考慮事項まで、高可用性を実現するための重要なポイントを詳しく見ていきます。
フェイルオーバー戦略の選択
効果的なフェイルオーバー体制を構築するための第一歩は、自社のビジネス要件やシステム特性に合った適切な戦略を選択することです。ここでは、主要な選択肢とその考慮事項について解説します。
自動フェイルオーバー vs 手動フェイルオーバー
フェイルオーバーの実行方法には、大きく分けて自動と手動の2種類があります。
- 自動フェイルオーバー: システムがプライマリデータベースの障害を検知し、人手を介さずに自動的にセカンダリシステムへの切り替えを実行します。
- メリット: 障害発生から復旧までの時間が非常に短い(RTOの短縮)。人的ミスが介在しにくい。24時間365日体制での監視・対応が容易。
- デメリット: 障害検知の誤検知(False Positive)による意図しないフェイルオーバー(誤フェイルオーバー)のリスク。一時的なネットワーク不安定性などで誤作動する可能性がある。設定や管理が複雑になる場合がある。
- 手動フェイルオーバー: プライマリデータベースの障害発生後、システム管理者やオペレーターが状況を確認し、手動でセカンダリシステムへの切り替え操作を行います。
- メリット: 誤フェイルオーバーのリスクが低い。切り替え前に状況を正確に判断できる。比較的シンプルな構成が可能。
- デメリット: 障害検知から切り替え完了までに時間がかかる(RTOが長くなる)。人的な判断や操作が必要なため、夜間や休日の対応が遅れる可能性がある。操作ミスが発生するリスクがある。
どちらを選択するかは、許容されるダウンタイム(RTO)、運用体制、システムの複雑性などを考慮して決定します。一般的に、非常に短いRTOが要求されるミッションクリティカルなシステムでは自動フェイルオーバーが、ある程度のダウンタイムが許容でき、誤フェイルオーバーのリスクを避けたい場合には手動フェイルオーバーが選択される傾向にあります。ただし、自動フェイルオーバーを選択する場合でも、誤検知対策や、自動フェイルオーバーが失敗した場合の手動介入プランを用意しておくことが重要です。
同期レプリケーション vs 非同期レプリケーション
プライマリデータベースからセカンダリデータベースへデータを複製する方法(レプリケーション)には、主に同期と非同期の2つの方式があります。これは、フェイルオーバー時のデータ損失リスク(RPO)に直接影響します。
- 同期レプリケーション (Synchronous Replication): プライマリデータベースでのトランザクションコミットは、そのトランザクションデータがセカンダリデータベースにも書き込まれたことの確認応答を受け取ってから完了します。
- メリット: フェイルオーバー時にデータ損失が発生しない(RPO=0)。常にプライマリとセカンダリのデータ一貫性が保証される。
- デメリット: プライマリデータベースのトランザクション処理性能に影響を与える可能性がある(セカンダリからの応答待ち時間が発生するため)。プライマリとセカンダリ間のネットワーク遅延が大きい環境には不向き。セカンダリ側の障害がプライマリ側の処理遅延を引き起こす可能性がある。
- 非同期レプリケーション (Asynchronous Replication): プライマリデータベースでのトランザクションコミットは、セカンダリデータベースへのデータ書き込み完了を待たずに行われます。データはプライマリでのコミット後に、非同期的にセカンダリへ転送・適用されます。
- メリット: プライマリデータベースのトランザクション処理性能への影響が少ない。ネットワーク遅延が大きい環境(例: 遠隔地へのレプリケーション)でも利用しやすい。
- デメリット: プライマリで障害が発生したタイミングによっては、一部のコミット済みトランザクションがセカンダリに転送されておらず、フェイルオーバー時にデータ損失が発生する可能性がある(RPO>0)。レプリケーション遅延が発生しやすい。
選択の鍵は、許容されるデータ損失量(RPO)とパフォーマンス要件のバランスです。金融取引システムのように、一切のデータ損失が許されない場合は同期レプリケーションが必須となります。一方、多少のデータ損失(数秒~数分程度)が許容でき、プライマリのパフォーマンスを重視する場合は非同期レプリケーションが適しています。近年では、準同期レプリケーション(Semi-Synchronous Replication)と呼ばれる、両者の中間的な特性を持つ方式も利用可能です。
フェイルオーバーの種類(スタンバイ方式)
セカンダリシステムの待機状態によって、フェイルオーバー構成はいくつかの種類に分類されます。これは主に復旧時間(RTO)に影響します。
方式 | 特徴 | RTO | コスト |
---|---|---|---|
コールドスタンバイ (Cold Standby) | セカンダリサーバーは通常停止しており、障害発生後に起動、設定、データリストアを行う。バックアップからのリストアに近い。 | 長い(時間~日単位) | 低い |
ウォームスタンバイ (Warm Standby) | セカンダリサーバーは起動しており、OSやデータベースソフトウェアはインストール済み。定期的にデータが同期(レプリケーションまたはバックアップリストア)されている。障害発生後、最新データへのリカバリとサービス起動を行う。 | 中程度(分~時間単位) | 中程度 |
ホットスタンバイ (Hot Standby) | セカンダリサーバーは常に稼働しており、プライマリからリアルタイムに近い形でデータがレプリケーションされている。障害発生後、迅速にサービスを引き継ぐことが可能。自動フェイルオーバーと組み合わせられることが多い。 | 短い(秒~分単位) | 高い |
RTOの要件が厳しいシステムほど、ホットスタンバイ構成が必要になります。コストとのトレードオフを考慮し、最適な方式を選択します。
ベストプラクティス詳解
適切な戦略を選択したら、次はそれを確実に機能させるためのベストプラクティスに従って、計画、実装、テスト、運用を進めていく必要があります。
計画と設計
- 明確なRTOとRPOの定義: ビジネス部門と協力し、システム停止がビジネスに与える影響を評価した上で、現実的かつ達成可能な目標復旧時間(RTO)と目標復旧時点(RPO)を定義します。これがフェイルオーバー戦略全体の基礎となります。
- ビジネス要件との整合性: 定義されたRTO/RPOが、選択したフェイルオーバー戦略(自動/手動、同期/非同期、スタンバイ方式)と整合性が取れていることを確認します。
- インフラストラクチャの冗長化: データベースサーバーだけでなく、ネットワーク機器(スイッチ、ルーター)、電源、ストレージなど、関連するインフラコンポーネントも冗長化し、単一障害点(Single Point of Failure)を排除します。異なるデータセンターやアベイラビリティゾーンにプライマリとセカンダリを配置することも重要です。
- 適切なハードウェア/ソフトウェアの選定: プライマリと同等、あるいはフェイルオーバー後の性能要件を満たすスペックのハードウェアをセカンダリ用に用意します。データベースソフトウェアのライセンス体系(スタンバイ用途でのライセンス要件)も確認が必要です。クラスタソフトウェアやロードバランサなど、フェイルオーバーを実現するための周辺ソフトウェアも適切に選定します。
- 監視体制の構築: フェイルオーバーのトリガーとなる障害を正確かつ迅速に検知するための監視システムを設計します。
- 死活監視: サーバーやデータベースプロセスが稼働しているか。
- パフォーマンス監視: CPU使用率、メモリ使用量、ディスクI/O、ネットワーク帯域などが異常値を示していないか。
- レプリケーション監視: レプリケーションが正常に機能しているか、遅延が発生していないか。特に非同期レプリケーションでは遅延の監視が重要です。
- サービス監視: アプリケーションレベルでデータベースへの接続性や応答時間を確認します。
実装
- レプリケーションの設定と最適化: 選択したレプリケーション方式(同期/非同期)に基づき、データベースの設定を行います。ネットワーク帯域やセカンダリサーバーの負荷を考慮し、必要に応じてレプリケーション関連のパラメータをチューニングします。
- フェイルオーバーメカニズムの構築:
- スクリプト: シェルスクリプトやPythonスクリプトなどを用いて、障害検知から切り替え処理までを自動化または半自動化します。
- クラスタソフトウェア: Pacemaker、Veritas Cluster Server、Microsoft Failover Clusteringなどのクラスタソフトウェアを利用し、リソース監視、フェイルオーバー制御、仮想IP管理などを行います。高可用性を実現するための一般的なアプローチです。
- クラウドサービス: AWS RDS Multi-AZ、Azure SQL Database Failover Groups、GCP Cloud SQL High Availabilityなど、クラウドプロバイダーが提供するマネージドサービスを活用します。設定や管理の複雑さが大幅に軽減されます。
- 接続文字列/エンドポイント管理: アプリケーションがフェイルオーバー後も透過的に新しいプライマリデータベースに接続できるように、接続管理を工夫する必要があります。
- 仮想IPアドレス (VIP): クラスタソフトウェアなどが提供する仮想IPアドレスをアプリケーションの接続先とし、フェイルオーバー時にVIPを新しいプライマリサーバーに移動させます。
- DNSフェイルオーバー: データベース接続用のDNS名を定義し、フェイルオーバー時にその名前が解決するIPアドレスを新しいプライマリのものに変更します。DNSキャッシュのTTL(Time To Live)を短く設定する必要があります。
- クラウドサービスのリスナー/エンドポイント: マネージドサービスでは、フェイルオーバー後も変更不要な接続エンドポイントが提供されることが多いです。
- セキュリティ対策: プライマリ・セカンダリ間のレプリケーション通信は、機密データが含まれるため、SSL/TLSなどで暗号化することが推奨されます。また、各サーバーへのアクセス制御を適切に行い、不正アクセスを防ぎます。
テスト
フェイルオーバーのテストは、実装と同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。 テストを行わなければ、設計・実装したフェイルオーバーメカニズムが実際に機能するかどうかを確認できず、「絵に描いた餅」になってしまいます。
- 定期的なフェイルオーバーテストの実施: 少なくとも半年に一度、あるいは四半期に一度など、定期的にフェイルオーバーテストを実施する計画を立て、実行します。システム構成の変更(パッチ適用、バージョンアップ、インフラ変更など)があった場合は、その都度テストを行うことが望ましいです。
- テストシナリオの作成: 想定される様々な障害シナリオに基づいてテストを実施します。
- プライマリデータベースサーバーの意図的な停止(シャットダウン、プロセス強制終了)
- プライマリサーバーのネットワーク切断
- ストレージ障害のシミュレーション
- セカンダリデータベースサーバーの障害(フェイルオーバー後のフェイルバックシナリオ確認)
- データセンター/アベイラビリティゾーン障害のシミュレーション(可能な範囲で)
- テスト環境の構築: 可能であれば、本番環境とは別に、本番相当の構成を持つテスト環境を用意し、そこでテストを実施します。本番環境でのテストは、業務影響を最小限に抑えるため、計画停止期間中に実施するなど慎重に行う必要があります。
- テスト結果の分析と改善: テスト中に、以下の点を確認・記録します。
- 障害検知までにかかった時間
- フェイルオーバー完了までにかかった時間(実測RTO)
- フェイルオーバー後のデータ損失量(実測RPO)
- アプリケーションが新しいプライマリに正常に再接続できたか
- フェイルオーバープロセス中に予期せぬエラーや問題が発生しなかったか
- 実際の障害事例からの学び: 過去に自社や他社で発生したデータベース障害の事例を分析し、テストシナリオや監視体制の改善に活かすことも有効です。例えば、2019年に発生した大手クラウドプロバイダーの冷却システム障害による広範囲なサービス停止などは、データセンターレベルの障害を考慮する重要性を示唆しています。
運用と監視
フェイルオーバーシステムは、一度構築したら終わりではありません。継続的な運用と監視を通じて、その信頼性を維持・向上させていく必要があります。
- 継続的な監視とアラート設定: 設計段階で構築した監視システムを常時稼働させ、異常を検知した際には迅速に関係者に通知されるよう、アラート設定を適切に行います。アラートの閾値は、システムの通常状態を把握した上で、過剰なアラート(ノイズ)と検知漏れがないように調整します。
- レプリケーション遅延の監視と対応: 特に非同期レプリケーションを使用している場合、レプリケーション遅延(プライマリでの更新がセカンダリに反映されるまでの時間差)を継続的に監視します。遅延が拡大傾向にある場合は、ネットワーク帯域の不足、セカンダリサーバーの負荷、あるいは大量更新処理などが原因として考えられます。原因を特定し、ネットワーク増強、サーバー増強、レプリケーションパラメータ調整、負荷分散などの対策を講じます。遅延が大きい状態でフェイルオーバーが発生すると、データ損失(RPO超過)のリスクが高まります。
- パフォーマンスチューニング: プライマリ、セカンダリ双方のデータベースパフォーマンスを定期的に評価し、必要に応じてチューニングを行います。セカンダリサーバーは、レプリケーションの適用処理に加え、参照系のクエリを受け付ける構成(リードレプリカ)になっている場合もあり、負荷状況を把握しておくことが重要です。
- パッチ適用とバージョンアップ計画: OSやデータベースソフトウェアのセキュリティパッチ適用やバージョンアップは、システムの安定性とセキュリティを維持するために不可欠です。これらの変更作業がフェイルオーバー構成(クラスタソフトウェアの設定、レプリケーション互換性など)に影響を与えないか事前に確認し、必要であればフェイルオーバー手順も更新します。変更適用後には、必ずフェイルオーバーテストを実施します。
- 障害発生時の手順書(ランブック)の整備と周知: 実際に障害が発生した場合に、誰が、何を、どのような順番で行うのかを明確に記した手順書(ランブック)を作成し、関係者間で共有・周知します。特に手動フェイルオーバーの場合や、自動フェイルオーバーが失敗した場合の対応手順は重要です。手順書は定期的に見直し、現状に合わせて更新します。
- 定期的な見直しと改善: ビジネス要件の変化、システム負荷の増大、新しい技術の登場などに対応するため、フェイルオーバー戦略全体を定期的に見直し、改善の機会を探ります。例えば、当初は手動フェイルオーバーで十分だったシステムでも、ビジネスの成長に伴い自動フェイルオーバーへの移行が必要になる場合があります。
以下に、簡単な監視スクリプト(擬似コード)の例を示します。これはレプリケーション遅延をチェックし、閾値を超えた場合にアラートを出すシンプルな例です。
# レプリケーション遅延をチェックする関数の例(特定のDB製品に依存しない概念的なコード)
import time
import logging
# ログ設定
logging.basicConfig(level=logging.INFO, format='%(asctime)s - %(levelname)s - %(message)s')
# 閾値(秒)
REPLICATION_LAG_THRESHOLD_SECONDS = 60
def get_replication_lag(): # ここで実際のデータベースに接続し、レプリケーション遅延を取得する # 例: `SHOW SLAVE STATUS` (MySQL), `pg_stat_replication` (PostgreSQL) など # 取得した遅延を秒単位で返す # (シミュレーションのため、ここではランダムな値を返す) import random lag = random.randint(0, 120) logging.info(f"現在のレプリケーション遅延: {lag}秒") return lag
def check_and_alert(): try: current_lag = get_replication_lag() if current_lag > REPLICATION_LAG_THRESHOLD_SECONDS: # 閾値を超えた場合のアラート処理 # (例: メール送信、監視システムへの通知など) logging.warning(f"警告: レプリケーション遅延が閾値({REPLICATION_LAG_THRESHOLD_SECONDS}秒)を超えました! ({current_lag}秒)") # alert_system.send_alert("Replication lag exceeded threshold!") else: logging.info("レプリケーション遅延は正常範囲内です。") except Exception as e: logging.error(f"レプリケーション遅延のチェック中にエラーが発生しました: {e}") # エラー発生時の通知など
if __name__ == "__main__": while True: check_and_alert() # 60秒ごとにチェック time.sleep(60)
クラウド環境におけるフェイルオーバー
AWS, Azure, GCPなどの主要なクラウドプラットフォームは、データベースの高可用性を実現するための強力なマネージドサービスを提供しています。これらを活用することで、オンプレミス環境でフェイルオーバーシステムを構築・運用するよりも、多くの手間とコストを削減できる可能性があります。
主要クラウドプロバイダーのマネージドサービス活用
- Amazon Web Services (AWS):
- RDS (Relational Database Service) Multi-AZ: 最も一般的な高可用性オプション。プライマリDBインスタンスとは異なるアベイラビリティゾーン(AZ)に、同期レプリケーションされたスタンバイインスタンスを自動的にプロビジョニング・維持します。プライマリに障害が発生すると、AWSが自動的にスタンバイインスタンスにフェイルオーバーします。RPOは通常ゼロ(同期レプリケーションのため)、RTOはDNSの切り替え時間を含めて通常1〜2分程度です。設定が非常に簡単で、運用負荷を大幅に軽減できます。
- Aurora: AWS独自の高性能リレーショナルデータベース。ストレージ層が複数のAZにまたがって冗長化されており、非常に高い可用性と耐久性を持ちます。フェイルオーバーは通常30秒未満で完了します。Aurora Global Databaseを使用すれば、リージョンをまたいだ低遅延の読み取りと、災害復旧のための高速なフェイルオーバー(通常1分未満)が可能です。
- Microsoft Azure:
- Azure SQL Database:
- 高可用性モデル (Standard/General Purpose/Business Critical): Standard/General Purposeティアではゾーン冗長構成を選択可能。Business CriticalティアやPremiumティアでは、複数のレプリカが組み込みで提供され、自動フェイルオーバー機能が標準で備わっています。RPO=0、RTOは数秒レベルです。
- フェールオーバーグループ (Failover Groups): リージョン間の地理冗長性を実現します。複数のAzureリージョンにまたがるデータベースグループを定義し、プライマリリージョンに障害が発生した場合に、セカンダリリージョンへ自動または手動でフェイルオーバーできます。RPOは通常5秒未満(非同期)、RTOは通常30秒未満(自動フェイルオーバーの場合)です。
- Azure Database for PostgreSQL / MySQL: 高可用性オプション(ゾーン冗長など)や読み取りレプリカ機能を提供します。
- Azure SQL Database:
- Google Cloud Platform (GCP):
- Cloud SQL 高可用性 (HA) 構成: プライマリインスタンスとは異なるゾーンに、同期レプリケーションされたスタンバイインスタンスを構成します。プライマリに障害が発生すると、自動的にスタンバイにフェイルオーバーします。RPO=0、RTOは通常数分以内です。
- リージョン間レプリカ: 災害復旧や地理的に分散した読み取り性能向上のために、異なるリージョンに非同期レプリカを作成できます。手動でのフェイルオーバー(昇格)が可能です。
- Cloud Spanner: グローバルに分散された、強整合性を持つリレーショナルデータベースサービス。複数のリージョン/ゾーンにデータを自動的にレプリケーションし、非常に高い可用性(SLA 99.999%)を提供します。単一リージョン内での障害は透過的に処理されます。
これらのマネージドサービスは、基盤となるインフラの管理、パッチ適用、バックアップ、監視、そしてフェイルオーバーメカニズムの多くを自動化してくれるため、DBAやインフラエンジニアは、よりアプリケーションに近い領域やデータ活用に注力できます。
クラウド特有の考慮事項
- リージョン/ゾーン障害への備え: クラウドプロバイダーのデータセンターは、アベイラビリティゾーン(AZ)やリージョンという単位で物理的に分離されています。単一AZの障害に備えるにはMulti-AZ構成を、リージョン全体の障害(大規模災害など)に備えるには、リージョン間レプリケーションやフェイルオーバー戦略を検討する必要があります。
- ネットワーク構成: VPC (Virtual Private Cloud) / VNet (Virtual Network) の設計、サブネット、セキュリティグループ/ネットワークセキュリティグループ(ファイアウォールルール)、プライベート接続(VPN, Direct Connect, Interconnect)などが、レプリケーションやフェイルオーバー時の接続性に影響します。特にリージョン間通信のレイテンシや帯域は、RPO/RTOに影響を与える可能性があります。
- コスト最適化: 高可用性構成は、通常、単一構成よりもコストが高くなります。スタンバイインスタンスの費用、レプリケーションに伴うデータ転送料金などを考慮し、ビジネス要件(RTO/RPO)とコストのバランスを取る必要があります。リザーブドインスタンスやSavings Plansなどを活用してコストを最適化することも検討します。
マルチクラウド/ハイブリッドクラウド戦略におけるフェイルオーバー
特定のクラウドプロバイダーへの依存を避けるため、あるいはオンプレミス環境とクラウド環境を組み合わせて利用するために、マルチクラウドやハイブリッドクラウド戦略を採用する企業も増えています。このような環境でデータベースのフェイルオーバーを実現するには、さらに複雑な考慮が必要です。
- 異なるクラウド間、あるいはオンプレミスとクラウド間でのレプリケーション設定(ネットワーク接続、互換性)。
- フェイルオーバーメカニズムの統一的な管理方法。
- データ整合性の確保。
- ネットワークレイテンシの影響。
サードパーティ製のデータベースレプリケーションツールやクラスタソフトウェア、あるいはコンテナ技術(Kubernetesなど)を活用して、環境間の差異を吸収し、一貫した高可用性戦略を実現するアプローチが考えられます。
フェイルバック戦略
フェイルオーバーによってセカンダリシステムへの切り替えが成功した後、いつかは元のプライマリシステム(あるいは新しく構築したプライマリシステム)に処理を戻す必要が出てきます。このプロセスをフェイルバックと呼びます。
フェイルバックとは? なぜ必要か?
フェイルバックは、障害の原因となったプライマリシステムが復旧した後、あるいは代替となる新しいプライマリシステムが準備できた後に、データベースの役割を元に戻す操作です。フェイルバックが必要な主な理由は以下の通りです。
- 性能とコスト: 通常、プライマリシステムはセカンダリシステムよりも高性能なハードウェアで構成されていたり、最適なネットワークロケーションに配置されていたりします。また、セカンダリ環境での稼働が一時的なもので、コストが高い場合もあります。
- 本来の構成への復帰: フェイルオーバーは緊急措置であり、恒久的な状態ではありません。本来の設計通りの構成に戻すことで、管理のしやすさや、将来の障害への備え(セカンダリの再準備)を確実に行うことができます。
- データセンターのロケーション: プライマリとセカンダリが異なるデータセンターにある場合、アプリケーションサーバーからの距離など、本来のプライマリの方が適したロケーションである場合があります。
フェイルバック計画の重要性
フェイルオーバーと同様に、フェイルバックも事前に計画し、テストしておくことが非常に重要です。「行きは良い良い、帰りは怖い」とならないように、以下の点を考慮して計画を立てます。
- フェイルバックのタイミング: いつフェイルバックを実行するか? 障害原因が完全に解消されたことを確認した後か? 業務影響の少ない時間帯(夜間や週末)を選ぶか?
- フェイルバックの手順: 誰が、どのような手順で実行するか? 自動化するか、手動で行うか?
- データ同期: フェイルオーバー後に新しいプライマリ(旧セカンダリ)で発生した変更を、元のプライマリ(あるいは新しいプライマリ)にどのように同期させるか? これがフェイルバックにおける最大の課題の一つです。
- 切り替え方法: アプリケーションの接続先をどのようにして新しいプライマリ(元に戻したプライマリ)に向けるか? フェイルオーバー時と同様に、仮想IPやDNS、ロードバランサなどを使用します。
- 所要時間とダウンタイム: フェイルバック処理にどれくらいの時間がかかるか? ダウンタイムは発生するか? 許容されるダウンタイム内に収まるか?
- 切り戻し計画: フェイルバック作業中に問題が発生した場合に、再度セカンダリ(フェイルオーバー先)に処理を戻す(切り戻す)手順も用意しておく必要があります。
データ同期の課題と解決策
フェイルオーバー後、旧セカンダリが新しいプライマリとして稼働している間に書き込まれたデータを、元のプライマリシステムに反映させる必要があります。主な方法としては以下が考えられます。
- リバースレプリケーション: 新しいプライマリから元のプライマリへ逆方向にレプリケーションを設定し、データを同期させます。同期が完了した後、切り替えを行います。データベース製品によっては、この方向転換をサポートする機能があります。
- バックアップとリストア: 新しいプライマリでバックアップを取得し、それを元のプライマリにリストアする方法です。データ量が多い場合や、レプリケーション設定が複雑な場合に選択されることがありますが、ダウンタイムが長くなる可能性があります。
- 差分同期ツール: 専用のデータ同期ツールを使用して、差分データのみを転送・同期する方法です。
どの方法を選択するにしても、データの一貫性を保ち、データ損失が発生しないように慎重に進める必要があります。
フェイルバック手順とテスト
フェイルバック手順書を作成し、フェイルオーバーテストと同様に、定期的にフェイルバックテストも実施することがベストプラクティスです。テストを通じて、手順の妥当性、所要時間、潜在的な問題点などを洗い出し、手順書を改善していきます。フェイルバックはフェイルオーバーに比べて見過ごされがちですが、計画とテストを怠ると、障害復旧後のシステム正常化に予期せぬ時間と労力がかかる可能性があります。
まとめ
データベースのフェイルオーバーは、システムの高可用性を確保し、ビジネス継続性を維持するための重要な技術です。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、場当たり的な対応ではなく、体系的なアプローチとベストプラクティスに基づいた計画、設計、実装、テスト、そして運用が不可欠です。
本記事で解説したベストプラクティスの要点を以下に再確認します。
- ビジネス要件に基づいた明確なRTO/RPOの定義と、それに合致したフェイルオーバー戦略(自動/手動、同期/非同期、スタンバイ方式)の選択。
- データベースだけでなく、インフラ全体の冗長化と単一障害点の排除。
- 障害検知、切り替え、接続管理を含む確実なフェイルオーバーメカニズムの実装。クラウドのマネージドサービスの活用も有効な選択肢。
- 定期的かつ現実的なフェイルオーバーテストの実施と、その結果に基づく改善。テストなくして信頼性なし。
- レプリケーション遅延を含む継続的な監視と、パッチ適用やバージョンアップ、手順書の整備を含む計画的な運用。
- 見過ごされがちなフェイルバック戦略の計画とテスト。
データベースのフェイルオーバーは、一度設定したら終わりというものではありません。ビジネスの変化、技術の進化、システムの経年変化に合わせて、常に見直しと改善を続けることが重要です。これらのベストプラクティスを実践することで、予期せぬ障害発生時にも、ビジネスへの影響を最小限に抑え、安定したサービス提供を継続することが可能になります。