近年、「AI」や「機械学習」という言葉をニュースや日常会話で耳にする機会が増えました。スマートフォンでの顔認証や、ネットショッピングのおすすめ商品表示など、私たちの生活の身近なところでAI技術が活躍しています。そのAI技術の中核を担うのが「推論(Inference)」と呼ばれるプロセスです。
このブログでは、AI、特に機械学習における「推論」とは一体何なのか、そしてもう一つの重要なプロセスである「学習」と何が違うのかを、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
推論とは?AIが「考える」プロセス
機械学習における「推論」とは、一言でいうと「学習済みのAIモデルを使って、新しいデータに対して予測や判断を行うこと」です。 人間の行動に例えるなら、たくさん勉強して知識を身につけた(学習)人が、その知識を使ってテスト問題を解いたり、初めて見る状況で判断したりする(推論)のに似ています。
例えば、AIに大量の犬の画像と猫の画像を見せて「これが犬」「これが猫」と教えるのが「学習」です。この学習が終わったAIに、今まで見たことのない新しい動物の写真を見せて「これは犬ですか?猫ですか?」と問いかけ、AIが「これは80%の確率で猫です」と答える、この過程が「推論」にあたります。
「学習」と「推論」の決定的な違い
機械学習のプロセスは、大きく分けて「学習フェーズ」と「推論フェーズ」の2段階で構成されています。 この二つは目的も処理内容も大きく異なります。
項目 | 学習 (Training) | 推論 (Inference) |
---|---|---|
目的 | データからパターンやルールを見つけ出し、賢いAIモデル(推論モデル)を作ること。 | 学習済みのモデルを使い、未知のデータに対する予測や分類などの「答え」を出すこと。 |
使用データ | 大量の「学習データ」または「教師データ」(問題と答えがセットになったデータ)。 | 初めて見る新しいデータ、未知のデータ。 |
処理内容 | モデル内のパラメータ(重み)を繰り返し更新し、最適化する複雑な計算。 | 学習で確定したパラメータを使った、比較的単純な順方向の計算(フォワードプロパゲーション)。 |
計算コスト | 非常に高い。高性能なコンピュータや多くの時間が必要になることが多い。 | 比較的低い。高速な応答が求められることが多い。 |
例えるなら | 教科書や問題集で繰り返し勉強して、知識を脳に定着させること。 | 本番の試験で、学んだ知識を使って問題を解くこと。 |
推論はどこで実行される?クラウドとエッジ
AIの推論は、その処理が実行される場所によって「クラウドAI」と「エッジAI」の2種類に大別されます。 これらはそれぞれにメリット・デメリットがあり、用途によって使い分けられています。
クラウドAI
インターネット経由で接続された、高性能なサーバー(クラウド)上で推論を実行する方法です。 私たちが普段使うスマートフォンのアプリやWebサービスの多くは、このクラウドAIを利用しています。
- メリット: サーバーの豊富な計算資源を使えるため、非常に複雑で大規模なAIモデルでも処理できます。 また、常に最新のAI技術を利用できる利点もあります。
- デメリット: データを一度クラウドに送信する必要があるため、通信の遅延が発生します。 そのため、瞬時の応答が求められる処理には不向きな場合があります。また、インターネット接続が必須です。
エッジAI
スマートフォンや監視カメラ、自動車といったデバイス(エッジデバイス)自体で推論を実行する方法です。
- メリット: データが発生したその場で処理するため、通信の遅延がほとんどなく、リアルタイムな応答が可能です。 また、データを外部に送信しないため、プライバシー保護の観点でも優れています。
- デメリット: デバイスに搭載できる計算資源には限りがあるため、クラウドAIほど複雑な処理は難しい場合があります。
推論の具体的な活用事例
AIの推論技術は、すでに社会の様々な場面で活用されています。
- 画像認識: スマートフォンの顔認証ロック解除、工場の生産ラインにおける製品の傷や不良品の自動検知、医療現場でのレントゲン写真からの病変検出などに使われています。
- 音声認識: スマートスピーカーに話しかけて指示を出したり、会議の音声をリアルタイムで文字起こししたりする技術の裏側で推論が動いています。
- 自然言語処理: 外国語のWebサイトを自動で翻訳する機械翻訳、迷惑メールを自動で振り分けるフィルタ、ChatGPTのような対話型AIによる文章生成や要約も、高度な推論技術の賜物です。
- 予測・推薦: ネットショッピングサイトで「この商品を買った人はこんな商品も見ています」と表示されるレコメンド機能や、株価などの将来予測にも推論が活用されています。
- 自動運転: 自動車に搭載されたカメラやセンサーからの情報をリアルタイムに解析し、歩行者や障害物を検知して衝突を回避するなど、安全な走行のために瞬時の判断(推論)が不可欠です。
Pythonでの簡単な推論コード例
ここでは、非常に簡単な例として、事前に学習させて保存しておいた機械学習モデルを読み込み、新しいデータに対して推論(予測)を行うPythonコードを紹介します。
この例では、花の特徴(がくの長さなど)から品種を分類する有名な「Iris(アヤメ)データセット」の学習済みモデルを使用します。
import joblib
import numpy as np
# Step 1: 事前に学習して保存しておいたモデルを読み込む
# この 'iris_model.pkl' ファイルは、学習フェーズで作成されたものです。
try:
model = joblib.load('iris_model.pkl')
except FileNotFoundError:
print("モデルファイル 'iris_model.pkl' が見つかりません。")
print("事前に学習を行い、モデルを保存してください。")
model = None
if model:
# Step 2: 推論させたい新しいデータを用意する
# 例:がく片の長さ5.1cm, 幅3.5cm、花びらの長さ1.4cm, 幅0.2cm のアヤメ
new_flower_data = np.array([[5.1, 3.5, 1.4, 0.2]])
# Step 3: モデルを使って推論(予測)を実行する
prediction = model.predict(new_flower_data)
prediction_proba = model.predict_proba(new_flower_data)
# Step 4: 推論結果を表示する
print(f"新しいデータ: {new_flower_data}")
print(f"予測された品種のラベル: {prediction}")
# 分類ごとの確率も表示してみる
class_names = ['setosa', 'versicolor', 'virginica']
print("\n各品種である確率:")
for i, class_name in enumerate(class_names):
print(f"- {class_name}: {prediction_proba[i]:.2f}")
上記のコードは、学習済みのモデル(iris_model.pkl
)を読み込み、新しい花の特徴データ(new_flower_data
)を入力してmodel.predict()
を実行することで、どの品種かを推論しています。 このように、推論の段階ではモデルを「使う」ことに専念します。
まとめ
「推論」は、時間とコストをかけて「学習」させたAIモデルの能力を、実社会の問題解決のために活用する、非常に重要なプロセスです。 学習がAIの頭脳を作る過程だとすれば、推論はその頭脳を使って実際に活動する過程と言えるでしょう。
AI技術が今後さらに発展し、私たちの生活を豊かにしていく中で、この「推論」の役割はますます重要になっていきます。このブログを通じて、「推論」という言葉の基本的な意味や役割について、理解を深める一助となれば幸いです。