こんにちは!このブログでは、コンピューターの歴史において非常に重要な役割を果たした8ビットマイクロプロセッサ「MOS Technology 6502」のアセンブリ言語について、基本から解説していきます。現代のプログラミング言語に慣れている方にとっては、少し異質な世界に見えるかもしれませんが、コンピューターがどのように動作しているのか、その根源的な部分に触れることができる、非常に奥深く魅力的なテーマです。
「なぜ今さら古いCPUのアセンブリ言語を?」と思うかもしれません。しかし、6502を学ぶことには多くのメリットがあります。
- コンピュータの基礎理解: メモリやCPUレジスタを直接操作することで、コンピュータの基本的な仕組みを深く理解できます。
- レトロコンピューティング: Apple II、コモドール64、ファミリーコンピュータ(NES)など、歴史的な名機で使われたCPUであり、これらのマシン向けのプログラミング(例えばNESの自作ゲーム開発など)が可能になります。
- 学習のしやすさ: 現代のCPU(例えばx86-64は約3000命令)と比較して、6502の命令セットは約50種類と非常に少なく、全体像を把握しやすいです。低レベルプログラミングの入門として最適です。
- プログラミングスキルの向上: リソースが限られた環境でのプログラミングは、効率的なコードを書くための思考力を養います。
さあ、一緒に6502アセンブリ言語の扉を開けてみましょう!
歴史的背景: 6502とは?
MOS Technology 6502は、1975年にモステクノロジー社によって開発された8ビットマイクロプロセッサです。当時、競合製品であったモトローラのMC6800などを参考にしつつも、よりシンプルで、かつ低価格(当初は約$25、MC6800の約1/6)を実現したことで、大きな注目を集めました。
この低価格と高性能(特定の処理において)が、パーソナルコンピュータ革命の火付け役となりました。特に有名な採用例としては、
- Apple II (1977年): パーソナルコンピュータの普及に大きく貢献したマシン。
- コモドールPET 2001 (1977年): 教育市場などで人気を博した。
- Atari 400/800 (1979年): ゲーム機としても人気があった。
- コモドール VIC-20 (1980年): Linux開発者のリーナス・トーバルズ氏が最初にプログラミングを学んだマシンとしても知られています。
- コモドール64 (1982年): 歴史上最も売れたコンピュータの一つ。
- ファミリーコンピュータ (NES) (1983年): 任天堂が発売した家庭用ゲーム機。6502のカスタム版(リコー製2A03)が搭載され、世界中で大ヒットしました。元任天堂社長の故・岩田聡氏も、PET2001で6502プログラミングに精通し、多くのファミコンソフト開発に関わりました。
- PCエンジン (TurboGrafx-16) (1987年): こちらも6502の互換CPU (HuC6280) が搭載されました。
これらのマシンで動作するソフトウェアの多くが、6502アセンブリ言語で書かれていました。現在でも、レトロゲーム開発や組み込みシステム、ホビー用途などで活用されています。
6502アーキテクチャの基本
6502アセンブリを理解するには、まずCPUの基本的な構造(アーキテクチャ)を知る必要があります。6502は比較的シンプルな8ビットCPUです。
レジスタ
CPU内部にある、高速な一時記憶領域のことをレジスタと呼びます。6502にはいくつかの主要なレジスタがあります。これらはプログラムカウンタ(PC)を除き、すべて8ビット(0から255までの値を扱える)です。
レジスタ | 名称 | 説明 |
---|---|---|
A | アキュムレータ (Accumulator) | 演算の中心となるレジスタ。加算、減算、論理演算などの結果は主にここに格納されます。 |
X | インデックスレジスタX (Index Register X) | メモリアドレスの修飾(インデックスアドレッシング)や、カウンタとして使用されます。 |
Y | インデックスレジスタY (Index Register Y) | Xレジスタと同様に、メモリアドレスの修飾やカウンタとして使用されます。一部のアドレッシングモードではXとは異なる使われ方をします。 |
PC | プログラムカウンタ (Program Counter) | 次に実行する命令が格納されているメモリアドレスを指す16ビットのレジスタ。命令が実行されるたびに自動的にインクリメントされます。ジャンプ命令などで値を変更できます。 |
SP | スタックポインタ (Stack Pointer) | スタックと呼ばれるメモリ領域の、次に入れる場所(のオフセット)を指す8ビットのレジスタ。6502ではスタック領域はメモリの$0100から$01FFまでの256バイトに固定されています。サブルーチン呼び出しや割り込み時に、戻りアドレスなどを一時的に保存するために使われます。 |
P | プロセッサステータスレジスタ (Processor Status Register) / フラグレジスタ | 演算結果の状態(ゼロか、負か、桁あふれしたかなど)や、CPUの動作モードを示すフラグ(ビット)が集まった8ビットのレジスタ。条件分岐命令などで参照されます。 |
ステータスレジスタ (P) のフラグ
Pレジスタの各ビットには意味があります。
ビット | 記号 | 名称 | 説明 |
---|---|---|---|
7 | N | ネガティブ (Negative) | 演算結果の最上位ビット(bit 7)が1(つまり負の数とみなせる場合)のときにセット(1)されます。 |
6 | V | オーバーフロー (Overflow) | 符号付き演算でオーバーフロー(結果が表現できる範囲を超えた)が発生したときにセットされます。ADC, SBC, BIT命令などで影響を受けます。 |
5 | – | 予約済み (Reserved) | 常にセットされています。通常は無視されます。 |
4 | B | ブレーク (Break) | BRK命令で割り込みが発生したときにセットされ、IRQ割り込みの場合はクリア(0)されます。割り込みハンドラ内でどちらの割り込みか区別するのに使われます。 |
3 | D | デシマル (Decimal) | セットすると、ADCおよびSBC命令がBCD(二進化十進数)モードで動作します。多くの6502(特にファミコン版)ではこの機能は削除または未実装です。CLD命令でクリア、SED命令でセットします。 |
2 | I | 割り込み禁止 (Interrupt Disable) | セットされている間、IRQ割り込みが無効になります。NMI割り込みは影響を受けません。CLI命令でクリア、SEI命令でセットします。 |
1 | Z | ゼロ (Zero) | 演算やロード命令の結果が0になったときにセットされます。 |
0 | C | キャリー (Carry) | 加算で桁あふれが発生した場合、または減算でボロー(借り入れ)が発生しなかった場合にセットされます。シフト命令では、はみ出したビットがここに入ります。CLC命令でクリア、SEC命令でセットします。 |
メモリ
6502は16ビットのアドレスバスを持つため、最大で64KB(65536バイト、アドレス$0000から$FFFFまで)のメモリ空間を扱うことができます。このメモリ空間には、プログラムコード、データ、スタック、そしてメモリマップドI/O(キーボード、画面、サウンドなどのハードウェアをメモリの一部としてアクセスする仕組み)などが配置されます。
いくつかの特別なメモリ領域があります。
- ゼロページ ($0000 – $00FF): 最初の256バイト。この領域へのアクセスは、他のメモリアドレスへのアクセスよりも高速な命令(ゼロページアドレッシング)が用意されており、頻繁にアクセスする変数やポインタ(間接アドレス)の置き場所として重要です。
- スタック ($0100 – $01FF): 2番目の256バイト。スタックポインタ(SP)によって管理され、サブルーチンコール時の戻りアドレスやレジスタの一時退避に使われます。この場所は変更できません。
- 割り込みベクタ ($FFFA – $FFFF): メモリの最後の6バイト。NMI(ノンマスカブル割り込み)、RESET(リセット)、IRQ(割り込み要求)/BRK(ブレーク命令)が発生したときに、CPUがジャンプする先のアドレスが格納されています。
- $FFFA/$FFFB: NMIハンドラのアドレス(リトルエンディアン)
- $FFFC/$FFFD: RESETハンドラ(プログラム開始地点)のアドレス(リトルエンディアン)
- $FFFE/$FFFF: IRQ/BRKハンドラのアドレス(リトルエンディアン)
6502はリトルエンディアン方式を採用しています。これは、16ビットのアドレスなどの複数バイトのデータをメモリに格納する際に、下位バイトを先(小さいアドレス)に、上位バイトを後(大きいアドレス)に格納する方式です。例えば、アドレス$1234を$FFFCに格納する場合、メモリの$FFFCには$34が、$FFFDには$12が格納されます。
アドレッシングモード адресовања
6502の大きな特徴の一つが、豊富(当時としては)なアドレッシングモードです。アドレッシングモードとは、命令が操作するデータ(オペランド)がどこにあるのかを指定する方法のことです。これにより、少ない命令数でも柔軟なメモリアクセスが可能になっています。アドレッシングモードによって、命令のバイト数や実行速度が変わります。
アセンブラでは、16進数を `$` で始め(例: `$1A`)、2進数を `%` で始めるのが一般的です。(環境によって異なる場合もあります)
モード | アセンブラ表記例 | 説明 | バイト数 |
---|---|---|---|
Implied (Implied) | CLC |
オペランドを必要としない命令。対象は暗黙的に決まっています(例: キャリーフラグをクリア)。 | 1 |
Accumulator (Accumulator) | ASL A |
アキュムレータ(Aレジスタ)を対象とする命令。Impliedの一種ですが、明示的に `A` と書くことが多いです。 | 1 |
Immediate (Immediate) | LDA #$10 |
命令の直後に続くバイトが、操作する値そのものです(即値)。 `#` をつけて示します。 | 2 |
Zero Page (Zero Page) | LDA $80 |
ゼロページ($0000-$00FF)内のアドレスを8ビットで指定します。高速にアクセスできます。 | 2 |
Zero Page, X (Zero Page, Indexed with X) | LDA $80,X |
ゼロページアドレスにXレジスタの値を加算した実効アドレスを指定します。ゼロページ内でテーブルを扱うのに便利です。アドレスが$FFを超える場合、$00にラップアラウンドしません($01xx番地にはなりません)。あくまでゼロページ内のアドレス計算です。 | 2 |
Zero Page, Y (Zero Page, Indexed with Y) | LDX $80,Y |
ゼロページアドレスにYレジスタの値を加算した実効アドレスを指定します。LDAやSTAでは使えません。LDX, STX命令でのみ利用可能です。 | 2 |
Absolute (Absolute) | LDA $1234 |
16ビットでメモリ上の任意のアドレスを直接指定します。 | 3 |
Absolute, X (Absolute, Indexed with X) | LDA $1234,X |
16ビットアドレスにXレジスタの値を加算した実効アドレスを指定します。ページ境界をまたぐ場合に余分なクロックサイクルが必要になることがあります。 | 3 |
Absolute, Y (Absolute, Indexed with Y) | LDA $1234,Y |
16ビットアドレスにYレジスタの値を加算した実効アドレスを指定します。Xの場合と同様に、ページ境界をまたぐと遅くなることがあります。 | 3 |
Relative (Relative) | BEQ label |
分岐命令でのみ使用されます。現在のプログラムカウンタ(PC)からの相対的なオフセット(-128から+127バイト)を8ビットで指定します。分岐が成功するとPCにオフセットが加算されます。 | 2 |
Indirect (Indirect) | JMP ($1234) |
JMP命令専用。指定した16ビットアドレス(例: $1234)に格納されている16ビット値をジャンプ先アドレスとして使用します。ただし、ハードウェアのバグがあり、アドレスの下位バイトが$FFの場合(例: $xxFF)、上位バイトは$xxFFの次のアドレス($xx00 ではなく $(xx+1)00$)から読み込まれてしまいます。 | 3 |
Indexed Indirect (Indirect, Indexed with X) | LDA ($80,X) |
ゼロページアドレスにXレジスタの値を加算します。その結果のアドレス(ゼロページ内)から16ビットの間接アドレス(リトルエンディアン)を読み出し、そのアドレスを実効アドレスとして使用します。ゼロページにポインタのテーブルを置く場合などに使われます。 | 2 |
Indirect Indexed (Indirect, Indexed with Y) | LDA ($80),Y |
ゼロページアドレスから16ビットの間接アドレス(リトルエンディアン)を読み出します。そのアドレスにYレジスタの値を加算したものを実効アドレスとして使用します。ポインタが指すベースアドレスからYレジスタでオフセットを指定したい場合に便利です。ページ境界をまたぐ場合に余分なクロックサイクルが必要になることがあります。 | 2 |
アドレッシングモードを理解することは、効率的な6502コードを書く上で非常に重要です。
基本的な命令セット
6502の命令セットは比較的少ないですが、基本的な操作は網羅されています。ここでは主要な命令をいくつか紹介します。命令は通常、動作を示す3文字のニーモニック(覚えやすい記号)で表現されます。
データ転送命令
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
LDA (LoaD Accumulator) | メモリまたは即値をアキュムレータ(A)にロードする | N, Z |
LDX (LoaD X register) | メモリまたは即値をXレジスタにロードする | N, Z |
LDY (LoaD Y register) | メモリまたは即値をYレジスタにロードする | N, Z |
STA (STore Accumulator) | アキュムレータ(A)の値をメモリにストアする | なし |
STX (STore X register) | Xレジスタの値をメモリにストアする | なし |
STY (STore Y register) | Yレジスタの値をメモリにストアする | なし |
TAX (Transfer Accumulator to X) | Aレジスタの値をXレジスタに転送する | N, Z |
TAY (Transfer Accumulator to Y) | Aレジスタの値をYレジスタに転送する | N, Z |
TXA (Transfer X to Accumulator) | Xレジスタの値をAレジスタに転送する | N, Z |
TYA (Transfer Y to Accumulator) | Yレジスタの値をAレジスタに転送する | N, Z |
算術演算命令
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
ADC (ADd with Carry) | メモリ/即値とキャリーフラグ(C)をアキュムレータ(A)に加算する (A = A + M + C) | N, V, Z, C |
SBC (SuBtract with Carry) | アキュムレータ(A)からメモリ/即値とボローフラグ(キャリーフラグの反転)を減算する (A = A – M – (1-C)) | N, V, Z, C |
INC (INCrement memory) | メモリの値を1増やす | N, Z |
INX (INcrement X register) | Xレジスタの値を1増やす | N, Z |
INY (INcrement Y register) | Yレジスタの値を1増やす | N, Z |
DEC (DECrement memory) | メモリの値を1減らす | N, Z |
DEX (DEcrement X register) | Xレジスタの値を1減らす | N, Z |
DEY (DEcrement Y register) | Yレジスタの値を1減らす | N, Z |
注意: SBC命令のキャリーフラグの扱いは少し直感的でないかもしれません。減算前にCLC(キャリークリア)ではなくSEC(キャリーセット)するのが一般的です。これは、`A – M` を `A + (-M)` として計算し、キャリーをボローの代わりに使うためです。
論理演算・シフト・比較命令
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
AND (bitwise AND with accumulator) | メモリ/即値とAレジスタでビット単位のAND演算を行い、結果をAに入れる | N, Z |
ORA (bitwise OR with Accumulator) | メモリ/即値とAレジスタでビット単位のOR演算を行い、結果をAに入れる | N, Z |
EOR (bitwise Exclusive OR) | メモリ/即値とAレジスタでビット単位のXOR演算を行い、結果をAに入れる | N, Z |
ASL (Arithmetic Shift Left) | Aレジスタまたはメモリの値を1ビット左にシフトする。最上位ビット(bit 7)はCフラグへ、最下位ビット(bit 0)には0が入る。 | N, Z, C |
LSR (Logical Shift Right) | Aレジスタまたはメモリの値を1ビット右にシフトする。最下位ビット(bit 0)はCフラグへ、最上位ビット(bit 7)には0が入る。 | N(常に0), Z, C |
ROL (ROtate Left) | Aレジスタまたはメモリの値を1ビット左にローテートする。最上位ビット(bit 7)はCフラグへ、元のCフラグの値が最下位ビット(bit 0)に入る。 | N, Z, C |
ROR (ROtate Right) | Aレジスタまたはメモリの値を1ビット右にローテートする。最下位ビット(bit 0)はCフラグへ、元のCフラグの値が最上位ビット(bit 7)に入る。 | N, Z, C |
BIT (test BITs) | Aレジスタとメモリの値でAND演算を行うが、結果はAに格納しない。メモリの値のbit 7をNフラグに、bit 6をVフラグにコピーする。ANDの結果が0ならZフラグをセット。 | N, V, Z |
CMP (CoMPare accumulator) | Aレジスタとメモリ/即値を比較する(内部的に減算 A – M を行うが結果は捨てられる)。結果に応じてN, Z, Cフラグをセットする。 | N, Z, C |
CPX (ComPare X register) | Xレジスタとメモリ/即値を比較する(X – M)。結果に応じてN, Z, Cフラグをセット。 | N, Z, C |
CPY (ComPare Y register) | Yレジスタとメモリ/即値を比較する(Y – M)。結果に応じてN, Z, Cフラグをセット。 | N, Z, C |
ジャンプ・分岐命令
ニーモニック | 機能 | 分岐条件 |
---|---|---|
JMP (JuMP) | 指定したアドレスに無条件でジャンプする。 | なし |
JSR (Jump to SubRoutine) | 指定したアドレスのサブルーチンを呼び出す。戻りアドレス(JSR命令の次のアドレス-1)をスタックにプッシュする。 | なし |
RTS (ReTurn from Subroutine) | サブルーチンから戻る。スタックから戻りアドレスをポップし、それに1を加えたアドレスにジャンプする。 | なし |
BPL (Branch if PLus) | Nフラグがクリア(0)なら分岐(結果が正または0) | N=0 |
BMI (Branch if MInus) | Nフラグがセット(1)なら分岐(結果が負) | N=1 |
BVC (Branch if oVerflow Clear) | Vフラグがクリア(0)なら分岐(オーバーフローなし) | V=0 |
BVS (Branch if oVerflow Set) | Vフラグがセット(1)なら分岐(オーバーフローあり) | V=1 |
BCC (Branch if Carry Clear) | Cフラグがクリア(0)なら分岐(キャリー/ボローなし) | C=0 |
BCS (Branch if Carry Set) | Cフラグがセット(1)なら分岐(キャリー/ボローあり) | C=1 |
BNE (Branch if Not Equal) | Zフラグがクリア(0)なら分岐(結果が0でない) | Z=0 |
BEQ (Branch if EQual) | Zフラグがセット(1)なら分岐(結果が0) | Z=1 |
分岐命令はRelativeアドレッシングモードを使用し、現在のPCからの相対位置にジャンプします。
スタック操作命令
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
PHA (PusH Accumulator) | Aレジスタの値をスタックにプッシュする | なし |
PHP (PusH Processor status) | Pレジスタ(ステータスフラグ)の値をスタックにプッシュする | なし |
PLA (PuLl Accumulator) | スタックから値をポップし、Aレジスタに入れる | N, Z |
PLP (PuLl Processor status) | スタックから値をポップし、Pレジスタに入れる | 全てのフラグ |
TSX (Transfer Stack pointer to X) | スタックポインタ(SP)の値をXレジスタに転送する | N, Z |
TXS (Transfer X to Stack pointer) | Xレジスタの値をスタックポインタ(SP)に転送する | なし |
フラグ操作命令
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
CLC (CLear Carry flag) | キャリーフラグ(C)をクリア(0)する | C=0 |
SEC (SEt Carry flag) | キャリーフラグ(C)をセット(1)する | C=1 |
CLI (CLear Interrupt disable bit) | 割り込み禁止フラグ(I)をクリア(0)し、IRQを許可する | I=0 |
SEI (SEt Interrupt disable bit) | 割り込み禁止フラグ(I)をセット(1)し、IRQを禁止する | I=1 |
CLV (CLear oVerflow flag) | オーバーフローフラグ(V)をクリア(0)する | V=0 |
CLD (CLear Decimal mode) | デシマルモードフラグ(D)をクリア(0)する | D=0 |
SED (SEt Decimal mode) | デシマルモードフラグ(D)をセット(1)する | D=1 |
その他
ニーモニック | 機能 | 影響するフラグ |
---|---|---|
NOP (No OPeration) | 何もしない。1バイト消費し、数クロック待つだけ。 | なし |
BRK (BReaK) | ソフトウェア割り込みを発生させる。PCとPレジスタをスタックにプッシュし、$FFFE/$FFFFのIRQ/BRKベクタにジャンプする。Bフラグをセットする。 | I=1, B=1 (push時) |
RTI (ReTurn from Interrupt) | 割り込みハンドラから復帰する。スタックからPレジスタとPCをポップする。 | 全てのフラグ(ポップされた値による) |
簡単なプログラム例: 2つの数を足す
実際に簡単なプログラムを見てみましょう。ここでは、メモリの特定番地にある2つの8ビットの数を足し合わせ、結果を別の番地に格納する例を示します。
; プログラム開始地点 (ORG疑似命令はアセンブラに対する指示)
ORG $C000 ; このコードを $C000 番地から配置する
START:
CLC ; まずキャリーフラグをクリア (ADCのため)
LDA $0010 ; メモリアドレス $0010 から最初の数を A レジスタにロード
ADC $0011 ; メモリアドレス $0011 の数を A レジスタに加算 (キャリーも考慮)
STA $0012 ; 結果をメモリアドレス $0012 にストア
BRK ; プログラム終了 (シミュレータ等で停止させるため)
; データ領域 (例として値を設定)
ORG $0010
NUM1: DB $05 ; 番地 $0010 に値 5 を置く
NUM2: DB $0A ; 番地 $0011 に値 10 (=$0A) を置く
RESULT: DS 1 ; 番地 $0012 に結果用の1バイトを確保 (DS疑似命令)
このコードをアセンブルして実行すると、$0012番地には $05 + $0A = $0F (10進数で15) が格納されます。
ORG $C000
: アセンブラに対して、これ以降のコードやデータをメモリの$C000番地から配置するように指示します。START:
: `START`というラベルを定義します。プログラムの開始地点を示すために使われます。CLC
: 加算命令(ADC)はキャリーフラグも一緒に足し込むため、単純な加算を行いたい場合は事前にキャリーフラグを0にしておく必要があります。LDA $0010
: Zero Pageアドレッシングモードを使い、$0010番地の内容(ここでは$05)をアキュムレータ(A)に読み込みます。ADC $0011
: Zero Pageアドレッシングモードを使い、$0011番地の内容(ここでは$0A)をアキュムレータ(A)に加算します。Aレジスタは $05 + $0A + 0(キャリー) = $0F となります。STA $0012
: Zero Pageアドレッシングモードを使い、Aレジスタの内容($0F)を$0012番地に書き込みます。BRK
: ソフトウェア割り込みを発生させ、プログラムの実行を停止させます(エミュレータやモニタプログラムで処理を止めるためによく使われます)。ORG $0010
: データ領域の配置場所を指示します。NUM1: DB $05
: `NUM1`というラベルを$0010番地に割り当て、そこに1バイトの値 `$05` (Define Byte) を置きます。NUM2: DB $0A
: 同様に、$0011番地に`NUM2`ラベルと値 `$0A` を置きます。RESULT: DS 1
: $0012番地に`RESULT`ラベルを割り当て、1バイト分の領域を確保します (Define Storage)。初期値は不定です。
このように、レジスタとメモリの間でデータをやり取りし、演算を行い、結果をメモリに書き戻す、というのがアセンブリプログラミングの基本的な流れになります。
開発ツールと環境
6502アセンブリプログラミングを始めるには、いくつかツールが必要です。
-
アセンブラ: 人間が読めるニーモニック形式のコード(ソースコード)を、CPUが直接実行できる数値の列(機械語/オブジェクトコード)に変換するプログラムです。
- ca65: cc65 Cコンパイラスイートに含まれる高機能なクロスアセンブラ。多くのレトロプラットフォーム開発で使われています。
- vasm: 様々なCPUに対応したポータブルなクロスアセンブラ。6502にも対応しています。
- ACME: コモドール系で人気のあるクロスアセンブラ。
- MASM (Microsoft Macro Assembler): 古典的なアセンブラですが、6502用ではありません。
- Easy6502 Assembler (Web): Nick Morgan氏によるEasy6502チュートリアルサイトにあるJavaScriptベースのアセンブラ兼シミュレータ。ブラウザ上で手軽に試せます。
- 6502js (Web): Easy6502をベースにした、Maksim Korzh氏によるJavaScriptベースのアセンブラ兼シミュレータ。こちらもブラウザで動作します。
-
エミュレータ/シミュレータ: 6502 CPUや、それが搭載されていたコンピュータ(Apple II, NES, C64など)の動作をソフトウェアで再現するものです。作成したプログラムを実際のハードウェアなしでテスト・デバッグできます。
- VICE: コモドール製コンピュータ(C64, VIC-20, PETなど)の非常に高機能なエミュレータ。
- Mesen: 高精度なNES/ファミコンエミュレータ。デバッグ機能も充実しています。
- FCEUX: 定番のNES/ファミコンエミュレータの一つ。デバッグ機能が豊富。
- AppleWin: Windows向けのApple IIエミュレータ。
- Virtual 6502 (Web): ブラウザ上で動作する6502シミュレータ。
- Sim6502 (Web): Neil Parker氏によるシンプルなWebベースシミュレータ。
- 多くのエミュレータには、レジスタの状態、メモリの内容、実行中のコードなどを表示・変更できるデバッガ機能が搭載されており、開発に不可欠です。
- テキストエディタ: ソースコードを書くためのエディタ。プログラミング用の機能(シンタックスハイライトなど)があると便利です(例: VS Code, Sublime Text, Vim, Emacsなど)。
最初は、Webブラウザで動作するシミュレータ付きアセンブラ(Easy6502や6502jsなど)から始めてみると、環境構築の手間なく手軽に体験できます。
まとめと次のステップ
今回は、6502アセンブリ言語の入門として、その歴史的背景、基本的なアーキテクチャ(レジスタ、メモリ)、アドレッシングモード、主要な命令、そして簡単なプログラム例と開発ツールについて紹介しました。
6502アセンブリは、現代の視点から見ると制約が多いですが、そのシンプルさゆえにCPUの動作原理を学ぶには最適です。レジスタをやりくりし、メモリを効率的に使い、命令を工夫して目的を達成するプロセスは、パズルを解くような面白さがあります。
もし興味を持ったら、ぜひ以下のステップに進んでみてください。
- Web上のチュートリアル(Easy6502など)やシミュレータを使って、実際にコードを書いて動かしてみる。
- より複雑なプログラム(ループ、条件分岐、サブルーチンを使ったもの)を作成してみる。
- 特定のプラットフォーム(NESやC64など)のエミュレータとアセンブラを導入し、そのハードウェア特有の機能(画面表示、サウンド、入力など)を制御するプログラムに挑戦してみる。
- 各種リソース(書籍、Webサイト、コミュニティ)を活用して、さらに知識を深める。
低レベルプログラミングの世界は奥深く、探求しがいのある分野です。この入門記事が、あなたの6502アセンブリ言語への旅の第一歩となれば幸いです。Happy coding!
参考情報
- 6502.org: 6502に関する情報、チュートリアル、フォーラムなどが集まるサイト。
URL: http://www.6502.org/ - Easy 6502 by Nick Morgan: ブラウザ上で学べるインタラクティブな6502チュートリアル。
URL: https://skilldrick.github.io/easy6502/ - Mass:werk online 6502 assembler & simulator: Webベースの多機能な6502シミュレータ。
URL: https://www.masswerk.at/6502/assembler.html