はじめに:単語埋め込み(Word Embedding)って何?
私たちが普段使っている「言葉」。これをコンピュータが理解できるようにするための魔法のような技術が「単語埋め込み(Word Embedding)」です。
コンピュータは「猫」や「犬」といった単語をそのままでは理解できません。なぜなら、コンピュータが直接扱えるのは数値データだけだからです。そこで、単語を数値の集まり(ベクトル)に変換し、コンピュータに言葉の意味を教える技術が必要になります。これが単語埋め込みの役割です。
この技術により、コンピュータは単語同士の意味の近さや関係性を計算できるようになり、翻訳、検索エンジン、チャットボットといった様々な自然言語処理(NLP)タスクで高い性能を発揮できるのです。
単語埋め込みの基本的な仕組み
単語埋め込みの最も重要なポイントは、「意味が近い単語は、ベクトル空間上で近くに配置される」という点です。
これを「言葉の住所録」に例えてみましょう。現実世界の住所録では、同じ地域に住んでいる人は近いページに載っています。単語埋め込みもこれと似ていて、「犬」と「猫」はペットという共通点があるので、ベクトル空間という住所録の中でご近所さんになります。一方、「自動車」は全く違うカテゴリーなので、遠く離れた場所に配置されます。
さらに面白いのは、単語のベクトル同士で足し算や引き算ができることです。有名な例として、以下の計算式があります。
このように、単語の関係性をベクトルの演算で表現できるのが、単語埋め込みの強力な点です。これにより、単なる単語のマッチングだけでなく、文脈や意味を汲み取った高度な処理が可能になります。
代表的な単語埋め込みの手法
単語をベクトルに変換する手法はいくつか存在します。ここでは、特に代表的な3つの手法を紹介します。
手法名 | 特徴 | 学習モデル |
---|---|---|
Word2Vec | 2013年にGoogleの研究者によって開発された、最も有名な手法の一つです。文章中に出現する単語の「周辺の単語(文脈)」に注目して、単語の意味を学習します。 |
|
GloVe | スタンフォード大学で開発された手法です。Word2Vecが局所的な文脈を見るのに対し、GloVeはテキスト全体での単語の「共起(同時に出現する)回数」というグローバルな統計情報に基づいてベクトルを学習します。 | 単語の共起回数を集計した行列を分解することで、単語ベクトルを獲得します。全体の統計情報を使うため、精度が高いとされています。 |
fastText | Facebook AI Researchが開発した手法です。Word2Vecを拡張したもので、単語を「サブワード(部分文字列)」に分割して学習するのが最大の特徴です。 | “apple”という単語を “ap”, “ppl”, “ple” のように分割して扱います。これにより、学習データにない未知の単語(OOV: Out-of-Vocabulary)やタイプミスにも対応しやすいという大きなメリットがあります。 |
単語埋め込みはどこで使われている?活用事例
単語埋め込みは、私たちの身の回りの様々なサービスや技術の裏側で活躍しています。
- 検索エンジン: 検索キーワードと意味的に関連性の高いWebページを見つけ出すのに役立ちます。「旅行」と検索したときに、「ホテル」や「観光」に関連するページが表示されるのはこの技術のおかげです。
- 機械翻訳: ある言語の単語や文をベクトルに変換し、それを別の言語のベクトルに対応付けることで、自然な翻訳を実現します。
- 文章分類: 届いたメールが迷惑メールかどうかを判定したり、ニュース記事を「スポーツ」「経済」「政治」などのカテゴリに自動で分類したりするのに使われます。
- チャットボット・AIアシスタント: ユーザーからの質問の意図を正確に理解し、適切な回答を生成するために不可欠な技術です。
- 推薦システム: ユーザーが過去に閲覧した商品の特徴をベクトル化し、似たようなベクトルを持つ商品を推薦するのに活用されています。
Pythonで少しだけ体験してみよう
実際にPythonのライブラリgensim
を使うと、比較的簡単にWord2Vecを試すことができます。以下は、簡単な文章から単語ベクトルを学習し、単語の類似度を計算する例です。
from gensim.models import Word2Vec
# サンプルの文章(トークン化済み)
sentences = [
['私', 'は', '犬', 'が', '好き', 'です'],
['私', 'は', '猫', 'も', '好き', 'です'],
['犬', 'と', '猫', 'は', '可愛い', '動物', 'です'],
['車', 'は', '便利', 'な', '乗り物', 'です']
]
# Word2Vecモデルの学習
# size: ベクトルの次元数, window: 文脈として考慮する単語数, min_count: 学習に使う単語の最低出現回数
model = Word2Vec(sentences, vector_size=100, window=5, min_count=1, workers=4)
# 「犬」に似ている単語を検索
similar_words = model.wv.most_similar('犬', topn=5)
print("「犬」に似ている単語:")
print(similar_words)
# 「犬」と「猫」の類似度を計算
similarity = model.wv.similarity('犬', '猫')
print(f"「犬」と「猫」の類似度: {similarity}")
# 「犬」と「車」の類似度を計算
similarity_car = model.wv.similarity('犬', '車')
print(f"「犬」と「車」の類似度: {similarity_car}")
このコードを実行すると、「犬」と「猫」の類似度が高く、「犬」と「車」の類似度が低くなることが確認できるはずです。これは、少量のデータでも単語埋め込みが意味の近さを捉えられていることを示しています。
まとめ
単語埋め込みは、言葉という曖昧なデータを、コンピュータが扱える明確な数値(ベクトル)に変換する、自然言語処理における根幹的な技術です。
この技術によって、コンピュータは単語の意味や文脈を理解できるようになり、私たちの生活をより便利にする様々なAIアプリケーションが実現されています。近年では、BERTやGPTといった、さらに複雑な文脈を理解できるモデルが登場していますが、それらのモデルの基礎にもこの単語埋め込みの考え方が活かされています。
自然言語処理の世界への第一歩として、まずはこの「単語埋め込み」の概念を理解しておくことが非常に重要です。