はじめに
近年、AI技術の発展は目覚ましく、特に画像認識の分野は私たちの生活に大きな影響を与え始めています。その中でも、ひときわ高い性能を誇るのが今回解説する「Mask R-CNN」です。
Mask R-CNNは、画像に写っている物体が「何か」を識別するだけでなく、その物体が「どこに」「どのような形で」存在するのかを、ピクセルレベルで非常に正確に特定できる画期的な技術です。
この記事では、AI初心者の方でも理解できるように、Mask R-CNNの基本からその仕組み、そしてどのような分野で活用されているのかを分かりやすく解説していきます。
Mask R-CNNの概要
Mask R-CNNは、正式名称を「Mask Regional Convolutional Neural Network」といいます。2017年にFacebook AI Research (FAIR) の研究チームによって発表された、ディープラーニングに基づく画像認識の手法です。
この技術の最大の特徴は、1つのモデルで以下の3つのタスクを同時に、かつ高精度に実行できる点にあります。
- 物体検出 (Object Detection): 画像内の物体の位置を四角い枠(バウンディングボックス)で囲んで特定します。
- クラス分類 (Classification): 検出した物体が何か(例:「犬」「猫」「車」など)を識別します。
- インスタンスセグメンテーション (Instance Segmentation): 物体の正確な形状をピクセル単位で塗りつぶすように分割(セグメンテーション)します。同じ種類の物体(例:複数の人間)が重なっていても、それぞれを個別の個体(インスタンス)として認識できます。
従来の物体検出では物体を四角で囲むだけでしたが、Mask R-CNNは物体の形に沿って精密に領域を特定します。 これにより、物体の正確な面積を計算したり、背景から物体だけをきれいに切り抜いたりといった、より高度な画像解析が可能になりました。
R-CNNファミリーの進化
Mask R-CNNは、R-CNNという物体検出アルゴリズムの系譜に連なる技術です。 その進化の過程を理解することで、Mask R-CNNの革新性がより明確になります。
モデル名 | 発表年 | 主な特徴と改善点 |
---|---|---|
R-CNN | 2014年 | 物体がありそうな領域候補を約2000個抽出し、それぞれにCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を適用。精度は高かったが、処理速度が非常に遅いという課題があった。 |
Fast R-CNN | 2015年 | 最初に画像全体を一度だけCNNに通し、特徴マップを生成。その特徴マップから領域候補を切り出すことで、計算コストを大幅に削減し、処理速度を向上させた。 |
Faster R-CNN | 2015年 | 領域候補の抽出を、RPN(Region Proposal Network)という別のネットワークに任せることで自動化。これにより、検出プロセス全体を統合し、さらなる高速化と精度向上を実現した。 |
Mask R-CNN | 2017年 | Faster R-CNNの構造をベースに、新たにマスクを予測する分岐を追加。RoIAlignという技術で位置ズレを補正し、ピクセル単位での高精度なセグメンテーションを可能にした。 |
Mask R-CNNの仕組み
Mask R-CNNは、ベースとなっているFaster R-CNNの巧妙な仕組みを引き継ぎつつ、独自の改良を加えています。 全体の流れは大きく分けて以下のステップで構成されます。
- 特徴抽出 (Backbone): 入力された画像をCNN(ResNetなどがよく使われる)に通し、画像の色や形、質感といった様々な特徴を含んだ「特徴マップ」を生成します。
- 領域候補の提案 (RPN): Faster R-CNNから導入されたRPNが特徴マップをスキャンし、物体が存在しそうな領域の候補(RoI: Region of Interest)を高速に大量にリストアップします。
- 特徴の整列 (RoIAlign): ここがMask R-CNNの重要な改良点です。各RoIに対応する特徴マップ上の領域を切り出しますが、その際にRoIAlignという手法を用いて、ピクセル単位で正確に位置を合わせます。これにより、後のマスク生成の精度が劇的に向上しました。
- 予測 (Head): RoIAlignで整列された特徴ベクトルを使い、3つのタスクを並行して予測します。
- クラス分類(この物体は何か?)
- バウンディングボックス回帰(正確な位置と大きさは?)
- マスク生成(ピクセル単位の正確な形は?)
Pythonでの実装イメージ
Mask R-CNNは、TensorFlowやPyTorchといったフレームワーク上で実装されたオープンソースのライブラリを利用することで、比較的簡単に試すことができます。 以下は、有名なライブラリを使った推論の簡単なイメージコードです。
import mrcnn.model as modellib
from mrcnn.config import Config
import cv2
# 設定を定義するクラス
class MyConfig(Config): NAME = "my_config" # 使用するGPUの数 GPU_COUNT = 1 # 1GPUあたりの画像数 IMAGES_PER_GPU = 1 # クラスの数 (背景 + 対象物) NUM_CLASSES = 1 + 80 # COCOデータセットの場合
# モデルを推論モードで作成
config = MyConfig()
model = modellib.MaskRCNN(mode="inference", config=config, model_dir="./logs")
# 学習済みの重みファイルを読み込む
model.load_weights("mask_rcnn_coco.h5", by_name=True)
# 画像を読み込む
image = cv2.imread("sample.jpg")
# BGRからRGBへ変換
image_rgb = cv2.cvtColor(image, cv2.COLOR_BGR2RGB)
# 推論を実行
results = model.detect([image_rgb], verbose=1)
# 結果を取得
r = results
# r['rois'] にバウンディングボックスの座標
# r['class_ids'] にクラスID
# r['scores'] に信頼度スコア
# r['masks'] にマスク情報が格納される
print("検出された物体の数:", len(r['rois']))
このコードはあくまで一例であり、実際にはデータセットの準備や学習プロセスが必要になる場合があります。 しかし、学習済みのモデルを使えば、少ないコードで強力な画像認識機能を体験できます。
Mask R-CNNの応用例
その高い精度から、Mask R-CNNは様々な分野で実用化または研究が進められています。
- 自動運転: 歩行者、車両、標識などを個別に正確に認識し、安全な走行を支援します。
- 医療画像解析: MRIやCTスキャン画像から、がん細胞や病変部位の領域を正確に特定し、医師の診断を補助します。
- 衛星画像の解析: 建物や道路、農地などをピクセル単位で識別し、地図作成や土地利用の分析に活用されます。
- 人物の姿勢推定: マスク生成の応用として、人体の関節(キーポイント)を検出し、スポーツのフォーム分析やリハビリテーション支援などに利用されます。
- 産業用ロボット: 工場のラインで流れる部品を正確に認識し、掴んだり仕分けたりする作業の自動化に貢献します。
まとめ
Mask R-CNNは、物体検出とインスタンスセグメンテーションを高いレベルで両立させた、画像認識技術の大きなブレークスルーです。 その仕組みは複雑ですが、Faster R-CNNからの進化の系譜をたどることで、その革新的な点を理解することができます。
処理速度の面ではYOLOなどの1ステージ検出モデルに劣る場合がありますが、その圧倒的な精度が求められる多くのシーンで活躍しています。 この技術は、コンピュータが人間のように「見る」能力を獲得する上で重要なマイルストーンであり、今後も様々な応用が期待される分野です。