はじめに:Vision Transformer(ViT)とは?
Vision Transformer(ViT)は、2020年にGoogleの研究者たちによって発表された、革新的な画像認識モデルです。 これまで画像認識の分野で主流だった「CNN(畳み込みニューラルネットワーク)」とは全く異なるアプローチで、高い精度を達成し、AIの世界に大きな衝撃を与えました。
一言でいうと、ViTは自然言語処理(翻訳や文章作成など)の分野で大成功を収めた「Transformer」という技術を、画像認識に応用したものです。 これにより、従来の手法では難しかった、画像全体の文脈を大局的に捉えることが可能になりました。
ViT登場前の主役:CNN(畳み込みニューラルネットワーク)
ViTを理解するために、まずは従来の画像認識で王様だったCNNについて簡単に触れておきましょう。CNNは、人間の視覚が物を見る仕組みにヒントを得たモデルです。
CNNは、「畳み込み」という操作で、画像の中の小さな領域(例えば、エッジや角、特定の色など)をスキャンし、局所的な特徴を抽出します。 そして、層を重ねるごとに、それらの小さな特徴を組み合わせて、より複雑な形(目や鼻、最終的には顔全体など)を階層的に認識していきます。 この「局所的な特徴から全体へ」というアプローチがCNNの基本です。
Vision Transformer (ViT) の仕組み
一方、ViTはCNNとは全く違う方法で画像を処理します。ViTの処理の流れは、以下のステップに分けられます。
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1. 画像をパッチに分割する
まず、入力された画像を、まるでパズルのピースのように、同じ大きさの小さな正方形(これを「パッチ」と呼びます)に分割します。 例えば、一枚の写真を16×16ピクセルのパッチに切り分けるイメージです。これは、自然言語処理で文章を「単語」に区切る作業に似ています。 -
2. 各パッチをベクトル化する
次に、分割した各パッチを、コンピューターが処理できる数値の列(「ベクトル」)に変換します。 これにより、画像の一部だったパッチが、単語のようなデータ(トークン)として扱えるようになります。 -
3. 位置情報を追加する(Position Embedding)
画像をパッチに分割すると、元の位置情報が失われてしまいます。どのパッチが画像のどの部分にあったのかをモデルに教えるため、各パッチのベクトルに「位置エンベディング」という位置情報を追加します。 これにより、モデルはパッチの空間的な配置を理解できます。 -
4. Transformer Encoderで関連性を学習する
位置情報が付与されたパッチのベクトルは、ViTの心臓部である「Transformer Encoder」に入力されます。 Transformerの最大の特徴である「自己注意機構(Self-Attention)」が、すべてのパッチ同士の関連性を計算します。 これにより、「このパッチは、他のどのパッチと強く関連しているか」を学習し、画像全体のグローバルな文脈を捉えることができます。 -
5. 最終的な分類
Transformer Encoderによって特徴が抽出された後、最終的に「分類ヘッド(MLP Head)」と呼ばれる部分が、その画像が何であるか(例えば「猫」や「犬」など)を分類します。
ViTとCNNの比較
ViTとCNNには、それぞれ得意なことと不得意なことがあります。両者の違いを下の表にまとめました。
項目 | Vision Transformer (ViT) | CNN |
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基本的な考え方 | 画像をパッチのシーケンス(単語の列)とみなし、パッチ間の全体的な関連性(グローバルな文脈)を捉える。 | 畳み込みフィルターで、画像の局所的な特徴(エッジや模様など)を抽出し、それを階層的に組み合わせる。 |
視野 | 自己注意機構により、最初から画像全体のパッチを同時に考慮できる(視野が広い)。 | 小さなフィルターから始めるため、初期の層では局所的な情報しか見えない(視野が狭い)。 |
データ効率 | 性能を最大限に引き出すには、非常に大規模なデータセット(数百万枚以上)での事前学習が必要。 データが少ないとCNNに劣ることがある。 | 比較的小さなデータセットでも、効率的に学習を進めることができる。 |
性能 | 非常に大規模なデータで学習させた場合、CNNを上回る性能を発揮することが報告されている。 | 多くのタスクで高い性能を誇るが、大規模データではViTに及ばない場合がある。 |
計算コスト | 画像のサイズが大きくなると、計算量が二乗で増加するため、高い計算リソースが必要になることがある。 | 一般的にViTよりも計算効率が良いとされる。 |
ViTの利点と課題
まとめ
Vision Transformer (ViT) は、自然言語処理のTransformerを画像認識に応用することで、CNNが主流だった世界に新たな可能性を示しました。 大量のデータが必要という課題はあるものの、画像全体の文脈を捉える能力やその高い性能から、自動運転、医療画像診断、衛星画像の解析など、様々な分野での活躍が期待されています。
近年では、ViTの計算効率を改善した「Swin Transformer」のような派生モデルや、CNNとViTの良いところを組み合わせたハイブリッドモデルも登場しており、画像認識技術は今もなお進化を続けています。 ViTは、AIによる画像認識の未来を語る上で欠かせない、非常に重要な技術と言えるでしょう。