サイバーセキュリティの重要性が高まる中、「UEBA」という言葉を聞く機会が増えたかもしれません。UEBAは、従来のセキュリティ対策だけでは防ぎきれない脅威に対抗するための新しい技術です。この記事では、UEBAとは何か、その基本的な仕組みやメリットについて、初心者の方にもわかりやすく解説します。
UEBAとは何か?
UEBAは「User and Entity Behavior Analytics」の略で、日本語では「ユーザーおよびエンティティ行動分析」と訳されます。その名の通り、ネットワーク内のユーザー(従業員など)やエンティティ(サーバー、PC、ルーター、アプリケーション、IoTデバイスなど)の「ふるまい」を分析し、通常とは異なる怪しい動き(異常行動)を検知するためのセキュリティ技術です。
従来型のセキュリティ対策(ファイアウォールやアンチウイルスソフトなど)は、既知の攻撃パターン(シグネチャ)に基づいて脅威を検出するものが主流でした。しかし、内部不正やゼロデイ攻撃のように、未知の手法や正規の権限を悪用する攻撃に対しては、検知が難しいという課題がありました。
UEBAは、機械学習(ML)やAI(人工知能)といった技術を活用し、ユーザーやエンティティの「普段の行動パターン(ベースライン)」を学習します。そして、そのベースラインから逸脱する行動を「異常」として検知します。これにより、未知の脅威や内部不正の兆候を早期に発見することが期待できます。
UEBAの仕組み
UEBAは、主に以下のステップで異常行動を検知します。
- データ収集: ネットワーク機器、サーバー、アプリケーション、認証システムなど、様々なソースからログデータを収集します。これには、ログイン試行、ファイルアクセス、システムコマンド、ネットワークトラフィックなどの情報が含まれます。
- ベースライン作成: 収集したデータを機械学習やAIを用いて分析し、各ユーザーやエンティティの「通常の行動パターン(ベースライン)」を作成します。例えば、「Aさんは普段、平日の午前9時から午後6時の間に社内ネットワークにアクセスし、主にファイルサーバーXとメールシステムを利用する」といったパターンを学習します。
- 異常検知: リアルタイムで収集される行動データを、作成したベースラインと比較します。ベースラインから大きく逸脱する行動(例:Aさんが深夜に大量の機密データを外部へ転送しようとする)が検知されると、それを「異常」と判断します。
- リスクスコアリングとアラート: 検知された異常行動に対して、その危険度を評価し「リスクスコア」を付けます。スコアが高い、つまり危険度が高いと判断された場合、セキュリティ管理者にアラート(警告)を通知します。
UEBAは「IDは偽造できるが、行動は偽造できない」という考えに基づいています。たとえ正規のIDとパスワードが使われていても、その「ふるまい」が普段と異なれば、不正アクセスや内部不正の可能性を疑うことができます。
UBAとUEBAの違い
UEBAと似た言葉に「UBA(User Behavior Analytics)」があります。UBAはUEBAの旧称で、当初は主に「ユーザー」の行動分析に焦点を当てていました。
しかし、サイバー攻撃の対象はユーザーだけでなく、サーバーやネットワーク機器、IoTデバイスなどの「エンティティ」にも及ぶため、これらの行動分析も重要であるという認識が広まりました。そこで、2015年にGartner社が分析対象に「Entity」を追加し、「UEBA」という名称が使われるようになりました。
項目 | UBA (User Behavior Analytics) | UEBA (User and Entity Behavior Analytics) |
---|---|---|
分析対象 | ユーザーの行動 | ユーザーおよびエンティティ(サーバー、ルーター、エンドポイント、アプリケーション、IoTデバイスなど)の行動 |
登場時期 | 2014年頃 (Gartner社提唱) | 2015年頃 (Gartner社提唱、UBAから拡張) |
主な目的 | ユーザー起因の脅威(内部不正、アカウント乗っ取りなど)の検知 | ユーザー起因およびエンティティ起因の脅威(内部不正、アカウント乗っ取り、侵害されたデバイス、マルウェア感染など)の検知 |
つまり、UEBAはUBAの考え方を拡張し、ユーザーだけでなく、ネットワーク上の様々な「モノ」の振る舞いも分析対象とすることで、より広範な脅威に対応できるようにしたものです。
UEBAで対処できる脅威・ユースケース
UEBAは、従来のセキュリティ対策では見つけにくかった、以下のような脅威やインシデントの検知に有効です。
- 内部不正: 退職予定者や不満を持つ従業員などが、機密情報を不正に持ち出そうとする行動(例:通常アクセスしない機密データへのアクセス、短時間での大量データダウンロード、個人用クラウドストレージへのアップロード、業務時間外のアクセス)を検知します。実際に、UEBAを導入した企業で、6ヶ月間に20件以上の内部不正インシデントが発見されたという調査報告もあります(2022年マクニカ調べ)。
- 侵害されたアカウント(アカウント乗っ取り): 盗まれたIDとパスワードを使って攻撃者が不正アクセスを行う場合、正規ユーザーとは異なる行動(例:普段と違う場所や時間からのログイン、権限昇格の試み、通常使用しないシステムへのアクセス)を検知します。
- 侵害されたエンティティ: マルウェア感染などにより乗っ取られたサーバーやPC、IoTデバイスなどが、異常な通信を行ったり、他のシステムを攻撃したりする活動を検知します。
- ゼロデイ攻撃: 未知の脆弱性を突く攻撃など、シグネチャベースでは検知できない新しいタイプの攻撃も、その異常な「ふるまい」から検知できる可能性があります。
- データ漏洩・持ち出し: 大量のデータが外部に送信されたり、USBデバイスにコピーされたりするなど、情報漏洩につながる可能性のある行動を検知します。
UEBAとSIEMの関係
UEBAとしばしば比較される技術に「SIEM(Security Information and Event Management)」があります。SIEMは、様々な機器やシステムからログ(イベントデータ)を収集・一元管理し、それらを相関分析することで脅威を検知する仕組みです。
UEBAとSIEMは、どちらもログデータを活用して脅威を検知するという点では共通していますが、アプローチが異なります。
- SIEM: 主に既知の脅威パターンや事前に定義されたルールに基づいて脅威を検知します。膨大なログの中から、ルールに合致するイベントを探し出します。
- UEBA: 主に機械学習やAIを用いて、通常とは異なる行動(異常)を検知します。未知の脅威やルール化しにくい内部不正の検知を得意とします。
近年では、SIEMがUEBAの機能を取り込んだり、UEBAがSIEMと連携したりするソリューションが増えています。SIEMが収集した膨大なログデータをUEBAが分析することで、より高度で効率的な脅威検知が可能になります。UEBAが異常行動を検知し、SIEMが他のログ情報と突き合わせてインシデントの全体像を把握するといった連携が考えられます。これにより、セキュリティ運用担当者の負担軽減(アラート疲れの軽減)にもつながります。
UEBAのメリット
- 未知の脅威や内部不正の早期発見: 従来のシグネチャベースでは検知困難な脅威を、行動分析によって早期に発見できます。
- 誤検知・過検知の削減: ベースラインに基づいた異常検知により、正常な行動を誤って脅威と判断するケース(誤検知)や、重要度の低いアラート(過検知)を減らし、セキュリティ担当者の負担を軽減します。
- インシデント調査の効率化: 異常行動の検知だけでなく、関連するユーザーやエンティティ、行動のタイムラインなどを可視化することで、インシデント発生時の調査を迅速かつ効率的に進めることができます。
- セキュリティ運用の自動化・効率化: 機械学習により、新たな脅威パターンに対応するためのルール更新の手間が削減され、運用効率が向上します。
UEBA導入時の注意点
- コスト: UEBAソリューションの導入には、初期費用や運用・保守費用がかかります。また、効果的な運用のためには、専門知識を持つ人材が必要となる場合があります。
- ベースライン作成期間: 正確なベースラインを作成するには、一定期間(数週間~数ヶ月程度)のデータ収集と学習が必要です。導入後すぐに最大限の効果を発揮するわけではありません。
- チューニングの必要性: 組織の環境や業務内容の変化に合わせて、ベースラインや検知ルールのチューニングが必要になる場合があります。
- 単体での限界: UEBAは異常行動の検知に優れていますが、それが具体的にどのような種類の攻撃(マルウェア感染、フィッシングなど)なのかを特定することは不得意な場合があります。そのため、SIEMやEDR(Endpoint Detection and Response)など、他のセキュリティソリューションとの連携が重要になります。
まとめ
UEBA(User and Entity Behavior Analytics)は、ユーザーとエンティティの行動を機械学習やAIで分析し、通常とは異なる「異常なふるまい」を検知するセキュリティ技術です。
内部不正やアカウント乗っ取り、未知の脅威など、従来の対策では見つけにくかったリスクを早期に発見し、被害を未然に防ぐために重要な役割を果たします。
導入にはコストや運用に関する考慮点もありますが、SIEMなどの他のツールと連携させることで、より強固で効率的なセキュリティ体制を構築することが可能です。進化するサイバー脅威に対抗するために、UEBAは今後ますます重要な技術となっていくでしょう。