この記事では、ディープラーニング、特にTransformerモデルで中心的な役割を果たす「位置エンコーディング(Positional Encoding)」について、初心者の方にも分かりやすく解説します。
位置エンコーディングとは何か?
位置エンコーディングとは、文章のようなシーケンス(連続したデータ)の中にある各単語やトークンが、どの位置に存在するかという「順序」の情報を、機械学習モデルに教えるための技術です。
特に、2017年にGoogleが発表した論文「Attention Is All You Need」で提案されたTransformerモデルにおいて、不可欠な要素とされています。 Transformerは、その中核技術である「Self-Attention」機構によって、文中の単語間の関連性を効率的に計算できますが、その仕組み自体は単語の順序を考慮しません。
例えば、「猫が魚を追いかけた」と「魚が猫を追いかけた」という二つの文は、使われている単語は同じでも順序が違うため、意味が全く異なります。 Self-Attentionは、そのままではこの順序の違いを区別できません。そこで、各単語のベクトルに「この単語は何番目にあるか」という位置情報を加えることで、モデルが文の構造と意味を正しく理解できるようにするのが、位置エンコーディングの役割です。
なぜ位置エンコーディングが必要なのか?
従来の自然言語処理モデルであるRNN(再帰型ニューラルネットワーク)などは、データを一つずつ順番に処理していく仕組みだったため、自然と単語の順序情報をモデル内に取り込むことができました。
しかし、Transformerは、文中のすべての単語を同時に並列処理することで、学習速度を大幅に向上させました。 この並列処理の恩恵を受ける一方で、RNNが持っていた「単語を順番に処理することによる順序情報の保持」という利点が失われてしまいました。
つまり、Transformerは入力された単語の集合を「袋(バッグ)」のように捉えてしまい、どの単語がどの順番で現れたのかを区別できません。 この欠点を補い、モデルに単語の順序という重要なコンテキストを教えるために、位置エンコーディングが導入されました。
位置エンコーディングの仕組み
Transformerで最も広く使われているのは、三角関数(sinとcos)を利用した位置エンコーディングです。 この方法では、各位置に対して一意のベクトル(数値の並び)を生成し、それを単語の埋め込みベクトル(単語の意味を表現するベクトル)に加算します。
具体的な計算式は以下のようになります。
pos
: 単語のシーケンス内での位置(例: 0, 1, 2, …)i
: ベクトルの次元のインデックスd_model
: 埋め込みベクトルの次元数
偶数次元 (2i): PE(pos, 2i) = sin(pos / 100002i/d_model)
奇数次元 (2i+1): PE(pos, 2i+1) = cos(pos / 100002i/d_model)
この数式のポイントは、ベクトルの次元ごとに異なる周波数のsin波とcos波を割り当てている点です。 これにより、各位置に固有のパターンを持つベクトルが生成され、モデルは単語間の相対的な位置関係も学習しやすくなります。 例えば、モデルは「3つ前の単語」といった関係性を、位置エンコーディングの差から捉えることができるようになります。
Pythonによるコード例
以下は、NumPyを使って三角関数による位置エンコーディングを生成する簡単なコード例です。
import numpy as np
def get_positional_encoding(max_seq_len, d_model): # 位置エンコーディングの計算 positional_encoding = np.zeros((max_seq_len, d_model)) position = np.arange(0, max_seq_len, dtype=np.float32).reshape(-1, 1) div_term = np.exp(np.arange(0, d_model, 2, dtype=np.float32) * -(np.log(10000.0) / d_model)) # 偶数次元にsinを適用 positional_encoding[:, 0::2] = np.sin(position * div_term) # 奇数次元にcosを適用 positional_encoding[:, 1::2] = np.cos(position * div_term) return positional_encoding
# パラメータ設定
max_sequence_length = 50 # 最大シーケンス長
embedding_dimension = 128 # 埋め込みベクトルの次元数
# 位置エンコーディングの取得
pe_matrix = get_positional_encoding(max_sequence_length, embedding_dimension)
print("位置エンコーディング行列の形状:", pe_matrix.shape)
# 出力: 位置エンコーディング行列の形状: (50, 128)
位置エンコーディングの種類
位置エンコーディングには、いくつかの異なるアプローチが存在します。 主なものを以下の表にまとめました。
種類 | 説明 | 利点 | 欠点 |
---|---|---|---|
絶対位置エンコーディング (Absolute Positional Encoding) | 各位置に固定のユニークなベクトルを割り当てる方法。Transformerの元論文で提案された三角関数ベースの手法がこれにあたる。 | 計算が高速で、学習済みのモデルを未知の長さのシーケンスにも適用できる。 | シーケンスが非常に長くなると、位置表現の精度が低下する可能性が指摘されている。 |
相対位置エンコーディング (Relative Positional Encoding) | 単語の絶対的な位置ではなく、単語間の相対的な距離(例: 「2つ隣」など)を考慮して位置情報を与える方法。 | 単語間の関係性をより直接的に捉えることができ、特定のタスク(例: 音楽生成など)で高い性能を発揮することがある。 | 絶対位置エンコーディングに比べて計算が複雑になる場合がある。 |
学習ベースの位置エンコーディング (Learned Positional Encoding) | 位置情報を固定の関数で計算するのではなく、モデルの学習過程で各位置のベクトルを他のパラメータと一緒に学習させる方法。 | データに合わせて最適な位置表現を学習できる可能性がある。 | 学習データにない長いシーケンスへの対応が難しい(汎化性能が低い)場合がある。 |
まとめ
位置エンコーディングは、Transformerのような最新のAIモデルが、単語の順序を理解するために不可欠な技術です。 これにより、モデルは単語の意味だけでなく、文脈全体を正確に捉えることが可能になり、機械翻訳や文章生成といったタスクで驚異的な性能を発揮します。 Transformerの核であるSelf-Attention機構の能力を最大限に引き出す、まさに「縁の下の力持ち」と言える存在です。