はじめに:話題の「Transformer」とは?
近年、ChatGPTをはじめとする生成AIが急速に普及し、私たちの生活に大きな影響を与えています。この驚異的な技術進化のまさに中心にいるのが、今回解説する「Transformer(トランスフォーマー)」というディープラーニングモデルです。
Transformerは、2017年にGoogleの研究者たちが発表した画期的な論文「Attention Is All You Need(アテンションこそがすべて)」で提唱されたニューラルネットワークの一種です。 このモデルの登場により、特に自然言語処理(NLP)の分野は飛躍的な発展を遂げ、現在の多くのAIサービスの基盤技術となっています。
ちなみに、「トランスフォーマー」と聞くと、電力を変換する「変圧器」や、乗り物などに変形するロボットを思い浮かべる方もいるかもしれません。もちろんそれらも正解ですが、本記事ではAI技術の文脈で使われるTransformerについて、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
Transformerが登場する前の課題
Transformerが登場する以前、機械翻訳などの自然言語処理タスクでは「RNN(再帰型ニューラルネットワーク)」やその発展形である「LSTM」というモデルが主流でした。 これらは文章を単語の列(系列データ)として捉え、最初の単語から順番に一つずつ処理していくという特徴がありました。
しかし、この逐次的な処理方法には大きな課題が2つありました。
- 長期的な依存関係の学習が苦手: 文章が長くなると、文の初めの方にある重要な単語の情報を、文の終わりまで保持し続けることが難しくなるという問題(長期記憶が苦手)がありました。
- 並列処理ができない: 一つずつ順番に処理するため、計算に時間がかかり、大規模なデータを効率的に学習させることが困難でした。
これらの課題を解決するために生まれたのが、革新的な仕組みを持つTransformerだったのです。
Transformerの革新的な仕組み
Transformerは、RNNを一切使わずに、主に「Attention(アテンション)機構」という仕組みを利用することで、前述の課題を克服しました。
核となる技術「Attention(アテンション)機構」
Attention機構は、文章中のどの単語に「注意(Attention)」を向けるべきかを学習する仕組みです。 特にTransformerで重要なのは「自己注意(Self-Attention)」と呼ばれるものです。 これは、入力された文章内のすべての単語同士の関連性の強さを計算し、文脈における各単語の重要度を判断します。
例えば、「川の土手で銀行の口座を開設した」という文があった場合、Self-Attentionは「土手」と「銀行」という2つの “bank” を、文脈から全く異なる意味を持つ単語として正確に捉えることができます。 これにより、従来モデルよりもはるかに深く文脈を理解することが可能になりました。
高速化を実現する「並列処理」
TransformerはRNNのように単語を一つずつ処理する必要がありません。文章全体の単語を一度にまとめて処理できるため、計算の並列化が可能です。 これにより、学習時間を劇的に短縮し、これまで扱えなかったような膨大なデータセットでモデルを訓練できるようになりました。
単語の順序を伝える「Positional Encoding」
すべての単語を同時に処理するということは、そのままでは「どの単語が文のどの位置にあるか」という順序情報が失われてしまいます。文章において単語の順序は意味を理解する上で非常に重要です。
そこでTransformerは、「Positional Encoding(位置エンコーディング)」という仕組みを使って、各単語の位置情報をベクトルとして埋め込み、モデルに伝えています。 これにより、並列処理の恩恵を受けつつも、単語の語順という重要な情報を失わずに済みます。
エンコーダ・デコーダ構造
Transformerモデルは、大きく分けて「エンコーダ」と「デコーダ」という2つの部分から構成されています。 機械翻訳を例にすると、それぞれの役割は以下のようになります。
- エンコーダ: 入力された文章(例:英語)を読み込み、各単語の意味や文全体の文脈を理解し、数値情報(ベクトル)に変換します。
- デコーダ: エンコーダから受け取った情報をもとに、翻訳先の言語(例:日本語)で適切な単語を順番に生成していきます。
このエンコーダとデコーダの両方で、核となるAttention機構が活躍しています。
Transformerから生まれた有名なAIモデル
Transformerの登場は、AI研究に大きなインパクトを与え、数多くの高性能なモデルを生み出すきっかけとなりました。 特に自然言語処理の分野では、ChatGPTの基盤である「GPT」シリーズや、Google検索にも利用されている「BERT」などが有名です。
さらに、その応用範囲は言語だけに留まりません。2020年には、Transformerを画像認識に応用した「Vision Transformer (ViT)」が登場し、従来のCNN(畳み込みニューラルネットワーク)に匹敵、あるいはそれを超える性能を達成し、画像処理の分野でも大きな注目を集めています。
以下に、Transformerをベースにした代表的なモデルをまとめました。
モデル名 | 開発元 | 主な特徴 | 主な用途 |
---|---|---|---|
BERT | 文章の前後関係を双方向で読み解くことで、文脈理解の精度が非常に高い。 Transformerのエンコーダ部分を主に使用。 | 検索エンジン、質問応答、文章分類、感情分析など。 | |
GPTシリーズ | OpenAI | 与えられたテキストに続く、自然で人間らしい文章を生成する能力に長けている。 Transformerのデコーダ部分を主に使用。 | 対話システム(ChatGPT)、文章生成、要約、翻訳、コード生成など。 |
Vision Transformer (ViT) | 画像をパッチ(小さな四角形)に分割し、それを単語のように扱って処理する。 大量のデータで学習させることで高い性能を発揮。 | 画像分類、物体検出、画像生成など。 | |
T5 | 翻訳、要約、質疑応答など、あらゆる自然言語処理タスクを「テキストからテキストへの変換」問題として統一的に扱う。 | 様々な言語タスクを単一モデルで処理。 |
まとめ
本記事では、現代AI技術の根幹をなす「Transformer」について解説しました。Attention機構による高い文脈理解能力と、並列処理による高速な学習能力を両立させたことで、Transformerは自然言語処理をはじめとする多くの分野に革命をもたらしました。
私たちが日常的に利用するChatGPTやGoogle検索などの便利なサービスの裏側では、このTransformerから発展した技術が活躍しています。今後もTransformerを基盤とした、さらに高度で多様なAIモデルが登場し、私たちの社会をより豊かにしていくことが期待されます。